サイキック怪盗少女が幼馴染警察官の職場に潜入する話


 「いい加減言ったらどうですか?」

 「だから、俺たちは雇われただけで…」

 「雇われただけで犯罪を犯していいとでも?」


 署の取調室。そこで村野警部補は取り調べを行っていた。

 相手は昨日立てこもりという暴挙を行ったレストランの従業員の一人。


 「…あの店長が違法行為をしていたのは知らないと?」

 「はっ、あんなケチ店長の裏なんて知らないね」


 事件後、店内の隅々まで捜査したところ、何らかの書類を焼却した形跡が出てきた。それだけでも十分だが、屋根裏から発見された大型の金庫をこじ開けたところ、何らかの取引書類が見つかった。そこに書かれた名前はこれまでの怪盗ウォーカーの被害者のほかにも、あの室山事件にも関わっていた人物の名前が複数上がっていた。

 あの店は人身売買組織の拠点の一つだった___その可能性が上がり、捜査本部はさらに怒りのボルテージを上げていた。


 (…シロンちゃんを作ったあの組織の残党…絶対に許さない!)


 村野もこの事実が発覚してから、内心でかなりキレていた。何人もの犠牲者を出し、多くの人間を口封じで殺してきた組織がまだ生きていたことが許せなかった。


 『…おそらく、ウォーカーの正体は組織壊滅まで戦っていたコードネーム【アンタッチャブル】の一人。今までの犯行は室山事件の続きだったと考えると、納得がいく』


 今朝の山田警視正の言葉を思い出す。上層部で推測として挙がっていた話をシロン以外に共有し、室山事件を現在も捜査している一部人員が追加加入することも発表された。山田自身室山事件の捜査長だったことを知っている身としては、自分たちの不甲斐なさで新たな犯罪を起こしてしまった可能性に思い至り気まずくなっていた。


 『…シロンには私から話しておく』


 実は山田はシロンの精神面を気遣い、今までの被害者に共通点があったことに箝口令を敷いていた。だがもはや隠すのも無理と判断し、シロンにも情報を共有することにしていた。午後になってから来るシロンにいうつもりだそうだ。


 (…シロンちゃんのため、一刻も早く情報を集めないと!)


 村野は逸る気持ちを抑えて、取り調べを続けるのだった。


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 (…やっぱり出入りが多い、手早くやりますか)


 わたしは警察署の入り口で様子を窺っていた。

 昨日は人質と機動隊が多すぎてチェックできなかったが、店にヤツラの手がかりがあった可能性も考え、警察署に潜入することにした。


 (…まぁ、警察署に来るのこれが初めてじゃないけど)


 今まで予告状を届けるとき、郵便を主に使っていたのだが、シーちゃんが来てから一度窓口まで【隠蔽】を使って届けたこともあった。結果、しばらく窓口に大量の刑事が張り付くようになったので郵便に戻した経緯がある。


 (しかし、本当に今日は多いな…)


 昨日の立てこもり事件の処理のためか、署内の人間に見覚えのない人が多かった。時々マスコミが入り込もうとしてつまみ出される。


 (…確か捜査本部は…)


 機を見て署内に入ったわたしは、捜査本部の置かれている大会議室を目指す。中央の机に資料があるのを確認するが、周りに人が多すぎる。


 (…写真だけでも取れれば…)


 今資料を動かすと、わたしがいるのがばれてしまう。この人数の中強行突破するのも難しいので、じっと機をうかがう。


 「…やはり吐きませんね、あのコック」

 「経歴に穴がある。恐らくまっとうな人間じゃねえだろう」


 そう言いながら入ってきたのは、麻賀警部と村野警部補だった。


 「…しかし、ねぇ」


 その言葉にわたしは動揺した。いままでヤツラのスポンサーを主に狙っていたが、ここまでの件でさすがに捜査班も気づいているか?


 「そいつらの証文なんて、価値はあるのか?」

 「麻賀さん、あと少しで日本経済が終わっていたかも知れない大規模犯罪ですよ。そんな奴らのスポンサーの証拠だけでもどれだけ価値があるか」

 「にしたってなぁ、サイキック作って兵士にすれば万々歳なんて、そんな都合のいい話があるのか?」


 麻賀警部は村野警部補に疑問を呈していた。


 「…まぁ、千人近く巻き込んで完成したのがシロン捜査官だけみたいですからね」


 村野警部補も苦い顔をするが、事実は違うことを知らない。


 「…そのシロンは?」

 「先ほど山田さんに打ち明けられていました」

 「どうでした?」

 

 ここで近くでパソコンを打っていた職員に聞かれる。…あれはたしか本局の人だったような…


 「動揺を全く見せませんでしたが…」

 「…そもそもその感情が欠落している可能性があると…」


 場に沈黙が支配する。いつのまにかほかの職員さんも話すのをやめ、村野警部補たちの話を聞いている。


 「…本当にあの子は、かわいそうです」

 「人間らしい喜びも知らず、ただ敵をせん滅するだけのサイキック兵器、か」

 「組織は本当に倫理観がなかったのでしょうね」


 そういいながらほかの職員さん達もうなずいている。


 「…支えてあげましょう、私たちが」

 「あぁ、それが大人ってもんだからな」

 「我々もできる限り協力します」


 そういってわたし以外の人が決意を新たにしていた。


 (…アットホームな職場っ!)


 それに私は驚いていた。てっきりもっとお堅い仕事場をイメージしていたから…


 (…でも、この人たちならシーちゃんを任せられる)


 そこに一安心していた。山田さんや村野さんが悪い大人ではないのは知っていたが、ここならシーちゃんの拠り所になる。

 わたしは捜査室長と書かれた席の近くまで行って、室内の人を見渡し、頭を下げる。【隠蔽】は解いてないからみんな見えないだろう。でもこれは、わたしの気持ちだった。

 

 (シーちゃんを…シノをよろしくお願いします)


 それがわたしのできる誠意。シーちゃんの両親も死んだ今、過去を知るただ一人として願うただ一つの行動。


 (…よかったね、シロン捜査官)


 改めてわたしは周りの資料を撮影していく。その中に有力情報があれば、念のため2枚写真を撮る。


 (…っ、これって…)


 その中でなにげなく放置されていた地図に気づき、わたしは驚いた。地図に書きこまれていたのはいくつかのポイント。問題はそれが、


 (ヤツラの拠点…?)


 いくつかはわたし達が潰していたが、一度も引っかからなかったポイントもある。これは大戦果かもしれない。

 わたしはそれらの資料をすべて記録し、足早に室内を出ようとする。だけどそこで…


 「うわぁぁ!!」


 室内に入ってきて、新しい段ボール箱を持ちながら転んだ捜査員。その紙吹雪がわたしを包む。


 「…んっ!?」


 紙がわたしの体にぶつかり、あらぬ方向に弾かれる。それを見ていた麻賀警部がこちらに駆け出してくる!!


 (まずい、バレた!?)


 【隠蔽】はレーザーすらも騙せるが、こういった物理的なものによる障害は自力で何とかしなければならない。そして、体から離れると対象ではなくなる…


 「菅野!!そこ動くな!」

 「は、はい!?」


 わたしは【空中浮遊】で天井に張り付く形になる。麻賀警部は予断なく周りを見るが、わたしのほうには一度視線を移すだけだった。捜査員が入り口にいるが、一先ず安心…


 「全員!天井に物を投げろ!」


 じゃなかった。灰色のスーツを着た捜査員の指示で他の捜査員も天井を見始める。これは、完全にやらかしたか?

 幸いティッシュや警察手帳などの殺傷性の低いものばかりだが、気が気ではない。

 

 「…どうした!」

 「山田さん!ウォーカーがいるかもしれません!」

 「なに!?」


 そうこうしているうちにシーちゃんと山田さんが来た…眼鏡の奥で真剣に私を探す捜査官様…♡


 ポン


 「…そこだぁ!!」


 そうこうしているうちにポケットティッシュがわたしの体に当たり、集中砲火を浴びせようとする皆さん。シーちゃんも【空中浮遊】でこちらを目指す。


 (…でもそれこそ心の隙!)


 わたしは急激に降下し、砲撃をかわす。そして【サイコキネシス】で窓のカギを開け、そのまま開ければ…


 「…外に逃げるか!」

 「逃がすな追え!」

 「…いやまて!警戒を解くな!」


 そうして捜査員たちが窓辺に寄ってきたところを見届け、堂々と部屋の入り口へ向かう。麻賀さんは気づいたみたいだが、もう遅い…


 「…逃げられたか!?」

 「署内に警報を鳴らせ!」

 「くそ!シロンは外にいけ!」


 会議室は怒号が飛び交っているが、わたしは足早に外へ向かう。ここで捕まるわけにはいかないんだよ!


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 「…逃がしたか」


 山田はウォーカーを取り逃がしたことを悟った。捜査本部にウォーカーが侵入している可能性もあったが、まさかあと一歩で取り逃がすとは…


 (…敵情視察か?いや、いままで入り口が関の山だった奴にとってもこの密集した署内はリスクが高いはず。ならばまさか、押収した資料か?)


 山田は急ぎ、資料が欠けていないか確認するよう、全捜査員に言明するのだった。


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 ジィー

 「おいシロン!もう下がっていいぞ」

 「まだいる可能性があります」

 「多分もういなくなってるって!」

 「3時間も飛ぶのはつらいでしょう!」


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後書き

 ようやく、かな?

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