悪い人はなんでも思いつく その7
「……い、……おい」
誰かに声を掛けられている気がする。
「千紀くん、起きろ」
起きたいのは山々なんですけどねぇ、体が重くて起き上がれないんですよ。なんせ先ほどクロロホルム嗅いでしまいましたからね。
あれ?なんでクロロホルムなんて嗅いだんだっけ?たしか、異世界モニター詐欺で事件に巻き込まれたであろう哲さんを助けに自分も例の会社を訪問して、書類にサインをしたらクロロホルム嗅がされて……、
「というかここは何処だ!」
僕はパッチリと目を開く。視線の先には薄暗いながらも哲さんの姿が見える。
「よかった、気が付いたか?」
「哲さん! 探しましたよ! どこ行っていたんですか!」
哲さんが視界に入ったことにより、ここは何処ということよりも、哲さんは何処をほっつき歩いていたかを聞く方が最重要事項になっていた。
「俺は、モニターの応募で連絡したら会社の場所を教えられて向かったわけなんだが、サインした途端急に記憶がなくなって気が付いたらこんな場所に閉じ込められていた。凪咲から聞かされていたんだが、詐欺っていうのは本当だったんだな」
哲さんはしゅんとした顔をする。
「で、千紀くんはどうして? 千紀くんから聞いたって凪咲から聞いていたから、騙されたわけではないだろ?」
「ナギに哲さんが居なくなったと聞いて、いてもたってもいられずに騙されたフリをして助けに来たんです。僕もサインを書いた途端に何か薬品を嗅がされて、というかここは?」
僕は周囲を見回す。照明は最小限付いているだけで薄暗く、何やら肌寒い気がする。
「ここは今や使っていない冷蔵倉庫で、どうやら俺たち二人は異世界には行けずに内臓を売られるらしいぞ?」
「……は?」
哲さんの言葉に僕は開いた口が塞がらない。いやいや、開けたままだと口の中が凍る。締めとこ。
「実はここに入れられる前に少し意識が戻って、運んでいる奴らが、臓器業者が一週間後にくるから引き渡せばオッケーだという会話が耳に入って来たんだ」
それ一大事じゃないですか!僕は急いで立ち上がろうとするが、まだ薬品を嗅がされた後遺症が残っているらしく、頭がくらくらする。それにどんどん体温が下がってきて寒い。
「千紀くん、無理するな。あっちの物陰に行けばいくらか寒さは凌げるはずだ」
哲さんに体を支えてもらって冷気のあまり届かないところへと向かう。こういう時、哲さんはなんだかすごく頼もしく思えた。
少し歩いて、ズボンのポケットの中に入っていたスマホを取り出す。どうやら運んだ時、金品は盗らなかったようだ。しかし、スマホの電波は圏外を示していた。道理で哲さんと連絡しようにも電波がつながらなかったわけだ。
スマホの日付を見ると、僕が異世界派遣代行社を訪れた日の夜になっていた。哲さんが居なくなって三日が経過しているので、悠長に構えていることは出来なそうだ。
「よし、哲さん、ここから脱出しましょう!」
「どうやって脱出するんだ? 俺も体が動けるようになってから扉をこじ開けてみようとしたんだがびくともしなくてな」
「冷蔵倉庫だったら閉じ込め防止装置のようなものがあるって前テレビで見たことがあります。それを使いながら哲さんご自慢の筋肉で何とかすればすべて解決です」
そう。筋肉はすべてを解決するのである。
「だがなぁ……」
哲さんがなかなかノリ気になってくれない、こうなれば……、
「哲さん、アースキャリーは水源大陸ですけど、きっと寒い異世界だってあるはずと思うんです!」
「んー、確かに言われてみればそうだな」
「つまり、今ここでその寒い異世界へ挑む予行練習だと思えばいいんですよ!」
「ハッ! 千紀くん、君、天才じゃないか!」
異世界の話になると、途端に哲さんがやる気になってくれた。チョロ……じゃなかった、哲さんの思考回路が単純でホントよかった。
「じゃあ、行きますよ! 哲さん!」
「おう!」
僕らは入口に向かって駆け出して行った。
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