悪い人はなんでも思いつく その6

 僕は自室へと向かい、机の引き出しを確認する。確かここに仕舞ってあるはず。

 引き出しからは例の名刺が出てきた。

「あった」

 それをリビングにいるナギに見せた。

「これが例のスカウトしてきた代表の名刺」

 ナギにそれを渡す。

「というか哲さんも話を受けたのなら名刺貰ってるはずだろ?」

「兄貴は名刺貰わない質なんだよねぇ、渡されても電話番号だけ控えてすぐ返しちゃう」

 あー、そういうこと。

「つまり、ここに電話を掛けたら兄貴の居場所が分かるかもしれないってことよね」

 ナギは自分のスマホを取り出して、名刺に書かれている電話番号へかけようとする。

「まったまった、何しようとしてるの」

 僕が慌てて止めて、ナギから名刺を取り返した。

「何って、電話の主に兄貴の居場所を吐かせようと思って」

 待って、言い方がすごく物騒。

「多分居場所を教えろっていっても悪い人たちなんだから教えてくれないと思うんだけど。相手もビジネスで詐欺やっているんだろうし」

「ハッ、盲点! じゃあ、どうすれば……」

「ここで、ひとつ僕に提案があるのだが」

 僕はナギにひそひそととある作戦を説明した。

「えっ、それじゃあ、千紀が危なくない?」

「そのためのナギのお仕事だって、作戦通りだとちゃんと哲さんも僕も助かるから」

「ほんと? ウソだったら承知しないからね」

 少し涙目のナギをハイハイ、と宥める僕。

「ということで、ナギは家に帰って僕の合図を待ってて、あともし哲さんが普通に帰ってきても連絡頂戴」

「わかった、気を付けてね」

 ナギは手を振りながら自宅へと帰っていった。


 親が帰ってきた後ご飯も食べてエネルギーもチャージした。さて、作戦決行といこうか。

 僕は名刺に書かれている電話番号をスマホに打ち込んで電話を掛ける。

 数回の呼び出し音の後、

『異世界派遣代行社、重山です』

 社名の後に名前を名乗る。

「あ、すいません、僕、この間スカウトを受けたものなんですけど……」

『スカウト……、あーあの時のただならぬお兄さんね!』

 僕の声で代表もすぐにピンと来たらしい。

「すいません、折り返しお返事をすると約束していた連絡大変が遅くなってしまって。やっと、母とのお別れが出来たので決心がつきそうです」

 僕は真顔でウソ泣きの演技をする。

「まだ、スカウトに関することは有効でしょうか……」

『もう、有効中の有効よ! お兄さんしかこのモニターを成し遂げられる方は居ないと思っているからね、もうお兄さんなしでは我が社は成り立たないのよ』

「ありがとうございます!」

 いけしゃあしゃあとよく言うものである。僕はスン……と表情を無にしたまま答える。

「で、契約とかはどちらまで伺えばよろしいでしょうか? 名刺には会社の住所が無かったみたいで……」

 名刺には電話番号と名前が書いてあるだけど、会社の現住所が記載されていなかった。おそらくアジトを転々としている為、記載が出来ないのだろう。

『ごめんなさいね、本社の住所が正式に決まっていないときに作ったものだから。会社の住所はね……』

 代表の言葉をそっくりそのままメモに残す。ついでに音声データも残しておこう。

『明日の朝十時に来てもらいたいんだけど、大丈夫かしら?』

 教えられた住所を見る。電車で30分もあればおそらく辿り着けそうな場所だ。

「わかりました、その時間には伺えると思います」

『助かるわ、では、明日はよろしくね』

 そう言って代表との通話は終わった。その後すぐにナギにメッセージを送る。

【例の会社との連絡が取れた。明日の朝十時に待ち合わせしたから、そっちの方は頼む。哲さんは帰ってきた?】

【まだ帰ってきてない。親も心配しているから本当にどこに行ったのだろう? とにかく、気を付けてね、こっちの方は任せて】

 ナギからの返信を見たのちに明日の準備を始めた。とりあえず明日の目標は生きて帰る、それが一番だ。


 翌日、電車で指定された最寄りまで向かい、歩いて教えられた住所まで向かう。

「ここか……」

 着いた場所は少し築年数が経っているプレハブ小屋という印象。悪者の仮のアジトにはピッタリな感じの建物だ。しかも、社名の看板すらない。

 ドア前ですいませんと声をかけると、ガチャと開いて、中から代表が出てきた。

「いらっしゃい、待ってたわ。あがって」

 促されるまま建物の中に入ると、事務所と思われる中はすごくシンプルでこぢんまりとしていた。不気味なほどに何もない。

「事務所の引っ越しがまだ完了できてないから、何もないところだけど、ソファに座ってくつろいでて、書類とお茶を用意するわ」

 僕は案内されたソファへと腰かける。なかなかいい柔らかさで癖になりそうな座り心地だ。

「お茶と、これがモニターに関する書類だから目を通してね」

 机に置かれた書類に目を通す。転生先、異世界はフォレスティア。緑の豊かな自然を愛する者が多い世界らしい、そこへ転生をし、現地の住人と交流を深めながら自分がやりたいことをする。それに対して必要なものは異世界派遣代行者がすべて面倒を見てくれるし、厳正に残している者への給金、また転生時の現世での肉体の処分費用も会社持ち。どれも、異世界転生試験を実施している協会と同様の内容だ。おそらくコピペして異世界の名前と世界のイメージだけ変更しているのだろう。

「内容に同意出来るなら、一番下にサインをしてね」

 代表はそう言ってボールペンを置く。僕はそれをもってサラサラと名前を書いた。


 はやま たくさん

 葉山 沢山


 もしもの場合に備えて、本名を書かずに偽名をサインする。

葉山沢山はやまたくさん? 変わった名前ね」

 その書類をもって代表が言う。

「沢山の運に恵まれるようにって母が……」

 ちょっとウルっと涙を滲ませながら言うと、代表もそうなのね、と同情してくれた。

 まぁ、偽名だしウソ泣きなんですけどね。

「じゃあ、契約も無事済んだし」


「ちょっと葉山くんには眠ってもらうわね」


「えっ」

 僕がやばいと思った刹那、鼻と口がハンカチで塞がれる。

 待ってください、これサスペンスとかでよくあるクロロなんとかってやつですよね?あれ、少しでも結構危ないんですよぉ……


 僕の心のツッコミは届かぬまま、僕はその場へ倒れ込んだ。

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