悪い人はなんでも思いつく その5

 その姿に驚いて瞬時に目が覚めた。急いで玄関の扉を開けた。

「どうしたの!」

 僕の顔を見るなり、ナギは目を潤ませる。

「兄貴が……、うちのバカ兄貴が居なくなったの!」

「えっ! とりあえず、話は中で聞くから」

 このまま外で立たせておくのもアレなので、僕はナギを家へと招き入れ、リビングへと案内する。水を用意してナギの前に置いた。

「哲さんがどうしたって?」

「今日朝起きたら、リビングにこんな書置きが置いてあって」

 ナギが一枚の紙きれを見せる。紙にはほぼ殴り書きで【あいつらにスカウトの件で呼び出されたから行ってくる。いい話持ってくるから待ってろよ】と書かれてあった。

「“あいつら”って?」

「多分スカウトしてた人たちだと思う。この間、ちゃんと千紀に言われた話を伝えたのに、兄貴ったら全然人の話を聞かないんだから……。そんな悪そうな人じゃないからって完全に信用しちゃって……」

 ズズッと鼻をすすりつつ、ナギは用意した水をごくごく飲み干す。

 確かに僕にコンタクト取ってきた代表も見るからに怪しい人には感じなかった。むしろ、騙されるような感じにキャラだ。

「まだ遠くは行ってないと思ってここら辺周囲を探したんだけど見つからなくて、もしかして千紀の家へ転がり込んでるかなと思ったけど、やっぱいなくて、一体どこ行ったんだよぉ……バカ兄貴ぃ……」

 ナギはボロボロ涙をこぼす。毎回哲さんのことを小馬鹿にしているような感じはあるけれど、やっぱり兄妹なんだよな。すごく、心配しているんだ。

「スマホに連絡とかしてみたの?」

「書置きを見つけてすぐに連絡したんだけど、スマホの電源入ってないみたいで」

 ナギが僕に哲さんのスマホの番号が表示されているスマホを手渡す。僕がそのままかけてみると、やはり『お客様のお掛けになった電話番号は電波の届かないところにいらっしゃるか、電源が入っていないためかかりません』と間髪入れずにアナウンスが入る。

 電源が切られているか電波の届かないところに哲さんは居るらしい。

「よし、僕も一緒に捜すよ。着替えてくるからナギはここで待ってて」

「ちきぃ……ありがとう……」

 僕は自室に戻って速攻着替えて準備をする。着替え終わりナギと合流して外へと出る。

「ナギは公園の方面を、僕は駅前を見て回るから。手分けして探そう」

「うん、わかった」

 僕たちは二手に分かれて捜索を始める。僕は駅前のショッピングモールや商店街を小走りで周囲を見回しながら哲さんを探す。

 途中、僕たちに面識のある人物に遭遇したら、哲さんの姿を今日確認していないか聞いて回ったが、誰も彼の姿を目撃していなかった。

 まぁ書置きが朝の時点で置かれているところをみると、かなり朝早く出かけていることになるからなぁ。それなりに遠くに行っているのかもしれない。僕は警察じゃないから、駅構内の防犯カメラを見せてくれと頼んでも見せてはもらえないだろう。このあたり周囲を探すころしかできないのである。

 しばらく捜索を続けていると、ナギからメッセージが届く。開くと、公園周辺では姿はなかった、そっちはどう?という確認のメッセージだった。僕は、こっちも探したり人に訊いてみたりしたけれど、姿なかった。もしかしたら電車に乗って遠出しているんじゃないか?という可能性をメッセージで送信した。

 すると、あり得るかもしれない。でも確認はさすがに無理だよね。と返って来たので、そうだね。と短くメッセージを返信した。

 まだ諦めがつかなくて、行ける範囲のところまで捜しに行ったけれども、やはり哲さんの姿は何処にもなかった。僕は汗まみれの顔で溜息をついて、家へと戻ることにした。


「哲さん、どこにもいなかったね」

 ナギとまた僕の家に集合する約束をして集まる。

「本当にどこに行ったのよ、バカ兄貴」

 ナギの表情には疲れと落胆の色が窺える。

「書置きの“あいつら”が例の詐欺のやつじゃなければ本当にいいんだけど……」

「スカウトって書いてあるから確実の詐欺のあれでしょ……」

 ですよねー。しかし、僕もナギも周囲の捜索で疲れすぎて笑う気さえ起きない。

 何とか例の代表と連絡する手段さえ取れればこっちのものなんだけど……。

 何かいい方法はないかなぁと考えている時だった。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 僕は急に思い出して大きい声を出す。

「どうしたの、いきなり」

 ナギはその声にびっくりして怪訝な顔をした。

 思い出した。名刺だ、名刺。

「もしかしたら哲さんの居場所が分かるかもしれない!」

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