悪い人はなんでも思いつく その2
「異世界ですか?」
その質問にちょっとそわっとしたが、待てよ?これってもしかして例の詐欺の奴なんじゃないか?報道もされているのにまだやっているのかと僕は少々驚く。
「ん? どうしたのかな?」
その様子に女性も首をかしげる。
「あっ、いや、なんでもないです。異世界にはとても興味はあるんですけど、僕未経験なのであまりよくわかってないんですけど、確か異世界転生って試験に合格しないといけないんですよね?」
協会も個人情報は漏洩していなかったというし、ここはあえて全く何も知らない人間を演じておくことにした。
「そう、今現在は試験に合格しないと異世界へいく権利は与えられないのよ。それがなかなか狭き門でね、毎回合格者が出るか出ないかの大変難しい試験なのよ」
ええ。身をもって体験しているので存じていますよと僕は心の中で大きく頷く。
「そうなんですね。となると、僕みたいな一般人が気軽に異世界に行こうなんて夢のまた夢なんですねぇ。残念だなぁ」
僕自身は行く気満々で今を過ごしているが、今は異世界に憧れるただの男子高校生の設定で女性に問いかける。
「そんなお兄さんに朗報があって、今呼び止めたの!」
女性は嬉しそうに僕に語り掛ける。
「朗報ですか?」
僕は果たしてこの女性が協会が注意喚起していたパターン①とパターン②のどちらを言うのだろうかと見守る。
「実は私こういうものでね」
女性は僕に名刺を渡してきた。名刺には異世界派遣代行社代表、
「異世界派遣代行社……」
「そこで代表をしているんだけども。なんとこの度、我が社が異世界フォレスティアと業務提携を結ぶことが出来たの。で、近々異世界へ行きたい人を募集することになったんだけど、最初にフォレスティアへ行って暮らしぶりを伝えてもらうという“モニター”という形で参加できる人をこうしてスカウトという形で案内をしているの。お兄さん、モニターになってみない?」
ほう、パターン②で来ましたか。話の内容は結構現実的であり、信じやすい人から見たらすぐに騙されそうな言い方だ。
「え、僕がそのモニターに!? 何かの間違いじゃないですか?」
ちょっとオーバーな演技をし過ぎている感じは否めないが、まぁバレたらその時だの精神でこの代表に接しているが、彼女は僕のことを不審に思う素振りはまるでない。
「お兄さんを朝から見てましたけど、なんかこう、すっごい秘められたパワーを感じたんですよ。ビビビっとね。これは是非我が社のモニターになってもらうのに最適なカ……じゃなかった人材だと思ったんですよ」
代表の言っていることが若干怪しいスピリチュアルな勧誘に聞こえなくもないし、しかも途中でカモって言いそうになりましたよね?
というか、朝からの視線の原因は貴方だったのか。
「えっ、僕にそんな秘められたパワーが」
僕も負けじと演技で応戦する。そろそろこの演技が恥ずかしくなってきたんだけど、いい加減演技だって気づいてくれ。
「そうなの! 是非我が社でモニターやってみない? 費用はなんと無料だし、試験を受けなくても異世界へ行ける! 一石二鳥でしょ?」
騙されやすい人ならここで行きますと元気に答えるのだろう。しかし、僕はこの代表が嘘を百パーセントついていると断言できるので、そう易々とは取引に乗らないのである。
「すいません、その話大変ありがたいのですが、回答は少し待っていただけませんか?」
僕は視線を下に落として答える。
「え? こんなビッグチャンスはないというのに?」
代表はちょっと戸惑った声を出す。
「僕の家、母が余命いくばくもない重い病気を患っているんです……。父親はすでに他界してて母には僕しか居なくて……」
だんだん声のトーンを落として話す。
「異世界へ行きたいですけど、母との最期の数日を過ごしてあげたいなと思って。数日過ごしたら必ずご連絡しますので! それまで待っていただけませんか?」
少々涙を潤ませながら代表に訊く。ちなみに、両親ともに病気知らずでピンピンしているし、ウソ泣きだ。ウソ泣きは数回前の試験の最終面接で女神を泣き落としで合格しよう作戦を決行したときに編み出した技だ。結局女神にウソ泣きがすぐバレてしまったわけだけれども。
「いいわ。そういう事情があるなら待ってあげるね」
代表は僕のウソ泣きにつられて目を潤ませた。どこまで騙されているんだ、この人の方が詐欺に引っ掛かりやすいんじゃないかと心配になる。
「名刺の電話番号に連絡して、その時に会社の住所を教えるから。じゃあ、また会える日を楽しみにしているわね、お兄さん」
代表はひらひらと手を振ってその場を去っていった。僕は彼女が他所を向いた途端に真顔に戻り、家へと入った。
女性に貰った名刺をゴミ箱に捨てようとしたが手が止まる。
これを協会なり警察に渡したらかなりの功績になるんじゃないかという考えが過った。協会に功績が知れ渡れば試験が有利になるのでは?
ムフフと気持ち悪い笑みをこぼしつつ、僕は机の引き出しに名刺を入れた。
この行動がまさか後で機転になるだなんて、この時は全く思いもしなかったのだ。
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