スローライフには程遠く その4

「哲さんはどうして異世界に行きたいんですか?」

 哲さん用の計算問題を作成しつつ、僕が訊ねた。

「どうした、藪から棒に」

「ちょっと気になったのと、あと、これ最終面接でも聞かれる質問なので」

「そうなのか!?」

 哲さんが大層驚く。

「もし面接になったときにある程度の体裁が整った答えを用意しておいた方がいいですよ。まぁ、僕に答えるのは哲さんの思ったことそのままで大丈夫ですが」

「んー……、やっぱ違う世界というのがロマンだからだなぁ」

 哲さんは誇らしくそう語る。

 そうだ、異世界はロマン。だから僕たちは異世界転生試験を受けて、異世界へ旅立つ日を夢に見ている。別に海外旅行で違う世界を見ることもいい事だとは思うけれど、折角のここではない世界へ行ける機会が与えられているのであれば、僕たちはそれに賭けたいのである。

「ですよね! やっぱり異世界はロマンですよね!」

 僕はつい、作問の手を止めて全力で哲さんの答えを肯定する。

「千紀くんも分かってくれるか! やっぱり異世界は憧れだよなー!」

「ですです!」

 異世界への憧れで二人盛り上がっている背後に気配が。

「大層盛り上がっているみたいだけれど、勉強は進んでいるかしら?」

 ナギの声で二人の表情が凍り付き、僕は真顔で作問を再開する。

「盛り上がるなら緩急大事にしてよね、バカ兄貴は盛り上がったらそのままズルズルして勉強しなくなるんだから」

 ナギはそう言いながらちゃぶ台に飲み物とアップルパイを置く。

「根詰めしないように休憩を促そうと思ったけど、必要ないみたいね」

「いります! 休憩とてもいります!」

「そうだぞ! 今ちょうど休憩しようと思っただけで、さっきまでちゃんと勉強していたぞ!」

「……本当かなぁ?」

 あの盛り上がりだけ見ていたナギにはどうやら半信半疑のようで、僕たちが身の潔白を証明するのには大層骨が折れた。

「ま、いっか。食べ終わったら廊下にトレイ置いておいて、後で取りに行くから」

 そう言ってナギは哲さんの部屋から出ていった。

「ふぅ……。なんとかちゃんと勉強してたことを信じてもらえた。これ食べたら再開しましょう」

「そうだな」


 二人とも食べ終わって、空の皿は廊下に置いておく。

 僕は作問した計算問題を哲さんに渡して、哲さんがすごく苦悶の表情をしながら解答していく。

 途中哲さんのペンの動きが止まり、左手が自身のズボンのポケットへと伸びる。

「哲さん、スマホの電卓機能で計算するのはなしですからね」

 僕の一言に、哲さんはすごく悲しそうな顔をする。

「なんでぇ……」

 屈強そうな男とは到底思えない表情をする哲さん。

「試験会場はスマホ持ち込み禁止じゃないですか。だから、使っちゃダメです」

「どうしても?」

 そんな顔してもダメなもんはダメです。

「ダメです」

「ふぇえん」

 ガタイのいい成人男性がかわい子ぶっても違和感の塊にしかならないですよ。

「分からなかったら解き方教えるので、少しずつ解いていきましょう? ね?」

「ありがとう! 千紀くん、君こそが恩人だ!」

 哲さんは感涙のあまり僕にハグを繰り出してくる。哲さんの鍛えられし筋肉が僕のことを絞めにかかる。

「て……哲さん……ギ……ギブ」

 空気が吸えなくなった僕は哲さんの腕を必死の思いで叩く。

「あ、すまん」

 パッと抱き着いていた腕を離す哲さん。僕はその場に倒れ込んでしまった。

 屈強な戦士に抱き着かれたらきっとこんな感じなんだろうなと僕は突如現実逃避を始めた。

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