スローライフには程遠く その3
連行された部屋は筋トレグッズが部屋中に並べられている、いかにもトレーニング好きの部屋って感じだ。
その部屋のど真ん中に座布団二枚とちゃぶ台が並べられていてとても違和感がある。きっと今日の為に急いでスタンバイしたのだろう。
「どうぞ、ここへ座ってくれ」
哲さんは僕を下ろした後、二対あった座布団の一枚をそっと僕の方へと寄せる。
促されるままに座ると哲さんは筆記用具とノートをちゃぶ台の上に置いた。
「じゃ、先生よろしくお願いします」
哲さんはそう言って僕にお辞儀をする。
「あっ、こちらこそお手柔らかに」
僕もつられてお辞儀をする。
さて、哲さんに勉強を教えることになってしまったのだ、一体何から教えていいものか、まだ確実なプランが浮かんでこなかった。
というか先ほど今回のペーパーの点数が三点ということを知ってしまったばかりだ。
マジでどこから教えればいいんだ……。こうなったら哲さんの不得意な科目とかを訊くしかない。
「ちなみに聞くんですが、哲さんの苦手な科目って何ですか?」
「体育以外全部だ!」
哲さんは元気よく答えた。嗚呼、体育会系あるあるの模範解答どうもありがとうございます!
勉強系全てアウトか……。というか三点は奇跡的に何が正解できたのか逆に訊きたい気分である。僕は思わず頭を抱えてしまう。
「……四則演算はさすがに出来ますよね?」
僕の問いかけに、哲さんは目が点になっていた。
「シソクエンザン? 新しい必殺技か何かか?」
だめだぁ……。四則演算すら理解できてなかったぁ……。僕はショックあまり目の前が真っ暗になって、ちゃぶ台に顔を突っ伏した。
「千紀くん、大丈夫か? 体調悪いならまた今度でいいからな」
そんな僕を哲さんが心配してくれている。いやまぁ僕の疲れている原因は貴方なんだけれども。
「だ、大丈夫です。ちょっとクラっとしただけなので。ちなみに四則演算っていうのは、足し算・引き算・掛け算・割り算の基本的な計算のことです」
「おー、四つ合わせたらそんな強そうな名前になるのか! 初めて知ったぞ」
哲さんは大層感動していた。感動するところじゃないですよ、哲さんも絶対に学校で習っているはずです。
「流石の俺でも足し算くらいは出来るぞ、うん」
哲さんはドヤ顔で答える。哲さん、自慢げに出来る場面ではないです、はい。
「他のやつはどうですか?」
「……」
哲さんは音速で僕から視線を逸らした。あ、できないんだ。
「引き算や掛け算はともかく、割り算なんて異次元の物体だろ?」
うーん、法則性が分かったら異次元でもなんでもないんだけどなぁ……。まぁ、いっか。
「哲さん、とりあえず簡単な計算から始めましょうか?」
「お、おう」
とりあえずの方針が決まったところで、僕はノートにとりあえず思いつく限りの計算式を書いていく。
「とりあえずこれを解いてみてください。分からなかったら聞いていただければ教えますので」
「おう、わかった!」
哲さんは意気揚々とノートに向かう。しかし、その勢いもものの数分でなくなっていた。
「千紀くん」
すごく真剣な眼差しで哲さんが僕を見る。
「何か質問ですか?」
「これ、指を使うときに足りない気がするんだが、どうしたらいい?」
僕はその言葉に気が遠くなる。
なかなか前途多難な役割を背負ってしまったらしい。溜息が徐々に重くなっていくのが自分でもよく分かった。
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