スローライフには程遠く その2
「て、哲さん頭を上げてください。僕なんかが勉強を教えるだなんて恐れ多いんで」
あまりの光景に僕はオロオロしながら哲さんに顔を上げるように頼み込む。このままでは近所の誰かに見られて噂になる可能性だってある。
面接の時の素性点に響いたら困るんですよ、哲さん(泣)
「こらバカ兄貴、ここでそんな土下座したままじゃ千紀が困ってるでしょ。中で理由を説明するから。千紀も入って」
そんな僕を察してくれてか、ナギが家に招き入れてくれた。
居間に通され、僕は椅子に座ってナギから麦茶を受け取る。
「バカ兄貴がね、この間のペーパーの点数が悪すぎて落ち込んでるのよ。だから、千紀に勉強を教えてもらおうかと思って」
ナギは椅子に座ってすぐに理由を話し始めた。
「自分の手の内を明かすようなものだということは重々承知なんだ。頼むっ!」
哲さんはまた居間のテーブルで深々とお辞儀をする。
確かに異世界転生試験のペーパーの点数は合格時の比重は結構重いからってペーパー試験攻略に全振りして合格点を目指す受験者も少なくはない。まぁ、そのあとの最終面接が一番大事なんだけれども。
「僕は先生というキャラではないですし、ここは家庭教師とか雇った方が……」
「……三点」
ナギがボソッとつぶやく。
「バカ兄貴の直近のペーパー結果が三点なのよ」
「さっ……」
いくらペーパー試験が難しいとはいえ、高校までの基礎八割、応用二割のそんなテスト構成である。僕はまだ高校三年生だから勉強しなければいけない箇所がたくさんあるが、哲さんはもう大人なんだから、軽く勉強するだけでいいはずである。
それが、三点だなんて……。
「バカ兄貴は昔から勉強が苦手だからねぇ。家庭教師なんて雇った日には家庭教師が匙投げで逃げ出すんじゃない?」
兄に対しての妹の言い分が十分酷過ぎる。
「だから、異世界転生試験の先輩である千紀が勉強教えた方が兄貴の身も引き締まると思ったのよ。言う事聞かなくなったら容赦なく叩いていいわよ。妹として許す」
すいませんがそんな恐ろしい事僕にはできません。叩いたところでおそらく僕の手首が悲鳴を上げます。
哲さんを見ると、僕のことをじっと見つめる。そんな自分が愛くるしい大型犬だと勘違いしているような眼差しはやめてください。あなたはどう見たって獰猛なグリズリーとかそういう類の生き物です。
「わかりました。僕ができる可能な範囲であれば受験勉強教えます。ただし、本当に分かる範囲でしか教えられないんで、そこらへんは留意してくださいね」
「さっすが、千紀。ありがとう」
「千紀くん! 本当にありがとう」
この妹にして、この兄である。僕は溜息をついた。
「さ、早速なんだが勉強に取り掛かろうじゃないか、先生」
哲さんは僕のことをひょいと持ち上げて肩に担いで自室へと運搬していく。これじゃどっちが先生なのかわかったもんじゃない。
「いってらっしゃーい」
そんな僕を呑気な様子でナギは見送る。僕はどっか収監されるのか?今挿入歌としてドナドナを流してほしい気分がする、とても。
そんなこんなでナギの兄さんである哲さんに勉強を教えるため、僕は哲さんの部屋へと強制連行されることとなったのである。
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