スローライフには程遠く
スローライフには程遠く その1
休日。僕は机に置かれている真っ白いルーズリーフと対峙をしていた。
「今を謳歌する方法ねぇ……」
あれから異世界転生の試験を合格するまでの間、今の人生を楽しむために何が出来るかをずっと考えていた。
かれこれ五年ほど試験のことばかり頭にあったからか、そうすぐには思いつかないのが難点である。
かくなる上は、異世界ものでよくあるスローライフを目指してのびのびとしておこうか、と今日一日だらだらとして過ごそうと決めた時、僕のスマホが鳴る。
画面を見ると、ナギからメッセージが来たことを通知していた。
僕は画面を開いてトークアプリを起動し、ナギとのトーク通話を開く。
するとそこには、
【千紀にどうしても頼みたいことがあって、私の家まで来てくれない? 返事待ってる】
と表示されていた。
いつもの荷物持ちなら有無を言わさずに現地集合のはずなのだが、今日は何故かナギの家になっていた。
僕にどうしても頼みたいこと?しかもナギの家に来ないといけないって……、
もしかすると、もしかして、もしかですかね?
いやいや早まるな僕、そんな幼なじみのナギがワンチャン僕のことを好きだから部屋でデートとかいうラブコメ展開なんてあるわけないじゃないか。ラブコメじゃあるまいし。
それに、家に集合で荷物持ちさせられる可能性だってゼロじゃないし、とりあえずどんな要件かは聞いておかないと、
僕はナギに【家に行ってもいいけど、そんなに大事な用事なの?】と返信をする。
すると、瞬く間に既読になり返事はすぐにきた。
【千紀にしか頼めない大切な用事なの。お願い】
という文章とともにすごく目を潤ませて懇願しているクマのスタンプが送られてきた。
ナギが僕のことをめっちゃ頼ってきてくれている。これはもしかしてワンチャンあるかもしれないぞ。
【荷物持ちではなく?】
【今日は違う。お願い家に来て】
荷物持ちではないらしい。それはひょっとしてひょっとするのか。
僕は三十分後にそっちへ行くというメッセージを投げると、OKと返事が来る。
いそいそと準備をして、外へと出る。約束通り三十分でナギの家へ着き、インターホンを鳴らす。
はーいと快活な声が聞こえ玄関のドアが開くと、そこにはナギの姿があった。いつもは後ろに括っている髪型が今日は下ろされていて、服も透け感のある涼しげな水色のワンピース姿だった。
「千紀いらっしゃい。待ってたんだ」
ナギはニコッとする。その背後でめっちゃ目つきの悪い大柄の男性が立っていて、ギロッと僕のことを睨みつけた。
「ヒィッ」
僕はその視線に小さく悲鳴を漏らした。相手に悟られないように必死に僕は言葉を続ける。
「よ、用事って何?」
「あ、用事っていうのはねー」
ナギが説明しようとすると、突如背後にいた男性がナギを追い越し、僕に向かって近づいてくる。
距離が近くなるたびに僕にプレッシャーが襲い掛かる。程よい距離感で男性が立ち止まると、いきなり僕に向けて土下座してきたのだ。
「千紀君! 一生のお願いだ! 俺に勉強を教えてくれないか!」
「バカ兄貴に勉強を教えてやって欲しいんだ」
そう、この強面の大柄男性ことナギの兄さんの哲さんなのであった。
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