人の顔を見て不合格っていうのって失礼じゃないですかね! その5
「合格してほしくないって、どうして」
僕は食べようとしたワッフルをぼとりと皿の上へと落とす。
異世界転生が僕の夢なことはナギも知っていることなのに、それを否定するだなんて。
「いやぁー、千紀が異世界に夢見て努力しているのは誰の目からみてもわかるし、実際努力してるから応援したい気持ちは山々なんだよ。だけど、なんて言ったらいいかなぁ……」
ナギはうーんと考え込む仕草をする。
「試験合格したら、転生しちゃうんだから、今の人生はそれで終わりなわけじゃん? それはなんだかもったいない気がするんだよなぁ」
「もったいない?」
「絶対転生したあと、絶対に後悔すると思うんだよねぇ。あの時あーすればよかったとかさ。それにいくら名誉なことやアフターフォローはバッチリとはいえ、残された人はやっぱりさみしいと思うんだ」
そういうナギの表情もどことなくさみしそうな感じだった。
「……ナギは僕が異世界に行ったら寂しいとか思う?」
「あ、当たり前でしょ! 幼なじみなんだから」
僕から質問をふられ、ナギは少し赤面の表情で答えた。幼なじみという前置きをしておいてなんで恥ずかしがるんだ?まぁ、いいけど。
「バカ兄貴が何処へ行ったって構いはしないけど、千紀が居なくなるのはなんだか寂しい感じがするのよ」
「……それは哲さんに失礼ではなかろうか?」
彼女は本当に実の兄貴に容赦がない。
「兄貴はいいのよ、いい大人だから。異世界転生試験が始まってからずっと特に用事ないと千紀ってずっと家に籠って勉強詰めの毎日だったでしょ? それってなんだか損じゃない?」
そんなこと考えてもなかったけれども、確かにここ五年くらいは勉強詰めの毎日だったような気がする。おかげで高校での学力はよかったから困ることはなかったが。
それをナギは“損”だという。
「もうかれこれ十回も落ち続けているんだし、そろそろ現世を謳歌してみるのもいいんじゃないかな?」
「現世を謳歌ねぇ……」
十分謳歌している気はするんだけれども、
「勉強も大事だけど、遊びにいくとかさ、何か違う趣味を見つけるとかさ。いろいろやり方はあると思うよ。特にこれといって何も無いっていうのであれば、私の買い物に毎回付き合ってくれてもいいけど?」
「それは遠慮しておきます」
「ちぇー」
ナギの買い物に毎度付き合ったら最終的に筋肉モリモリのマッチョ男になってしまいそうだ。それは自分のポリシー的に嫌である。
「ナギの言う通り根詰めていたところはあるかもしれない。でも、異世界転生は諦めたくない夢だし、叶えられる様に頑張りつつ、日常生活もゆるゆると頑張ろうかな」
「うん、その調子だよ。応援してる」
ナギは満面の笑みをこちらに向けてくる。
「……もしかして、今回の買い物ってそのことを伝えるために招集したのか?」
僕の質問に彼女はいたずらっぽく、
「秘密」
と微笑んでみせた。
ナギと家の前で別れた後、僕は早速自室の壁に今後の目標を張り出す。
【現世を楽しむ! 試験も頑張る!】
とりあえず、合格するまでの間、僕は現世を謳歌することを決めたのだった。
次の試験は冬にある。次こそは絶対に。
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