第7話            遠之 えみ作

あざとかわいい女子の先駆けと云えば、あの有名タレントだが、

私は これぞ「名人芸」と云っていい女子を知っている。

「HARA」と云う源氏名のホステスだが、入店して来たばかりの時は

ぽっちゃりして垢抜けない子だったのに、2~3ケ月で大変身を遂げた。

当時、マネージャーとホステスが恋愛関係になった場合、どちらかが店を追われる規則だったが、HARAもマネージャーも隠す事なく同棲していた。

マネージャーがどんな手を使って会社を説得したのかは不明だが、私はHARAがマネージャーと付き合い出して 見る見る変わっていく姿を見て率直に驚いた。

私は誰彼なく、興味を持った相手には自然体で近付ける特技(?)を持っていたので

HARAとも極自然に話す様になっていた。

HARAは、私より三才年上で、これまで4人の男と同棲しては捨てたり、捨てられたりを繰り返し渋谷に流れて来たと言う。

このキャバクラを選んだ理由は寮と貸衣装があったから。

ここに流れて来る前 手を切った男に身ぐるみ剝がされて逃げてきたと言うからナカナカだ。入店したての頃ダサかったのも頷ける。店には色々な事情を抱えた者が大多数だったから、寮の他に貸衣裳もあった。当然 裸同然のHARAは貸衣裳を身に纏って店に出る。25歳とは思えない締まりのない身体にペラペラの衣裳は無残と云うほかない。

HARAが、私にマネジャーとの事を話してくれたのは恩義からだと思う。

私は、化粧品もままならないHARAを気の毒に思い 私を指名してくれる客にねだってHARAを追加指名してもらって援護射撃をしていた。その恩義だろう。


HARAといい仲になったマネージャーは佐東(さとう)と云う名前だった。

マネージャーの中では一番年若いが30歳は越えていたろう。如才なく立ち回り、客の受けも良かったが、私はこの秀吉似の佐東は好かなかった。

斜陽の店を活性化させる為 色々なアイデアを出してくれるのは結構だが、そのせいで様々な軋轢も生んで 結局空中分解になった案件の方が多かった気がする。

佐東のアイデアで立ち上げた「指名ランキング大会」の時は、一位の賞金が30万円だった事もあり、たくさん顧客を抱えているホステスはイケイケで、目の色を変えて連日のように客を呼んでいたが、中堅かそれ以下のホステスはどうしても無理をする為、ツケ払いを背負ったものの回収できず苦労したホステスも多数いたのである。

私の様に、そんな企画などどこ吹く風でマイペースを守る少数派は佐東の攻撃を受けた。出勤すると先ずフロントに呼ばれ「どういうつもりだ!」とネチネチ絡まれる。

その後、朝礼で全員の前でこき下ろされる。まあ、私はいつも深田さんの庇護の下にいたから大した事はなかったが、他のホステスは散々である。

HARAは そんな佐東を「しっかりしたビジョンを持った素敵な人」と言って、心底私を驚かせた。佐東マネージャーは つまり、マンネリ化しているこの店を何とかしようと立ち上がったヒーローであると云う訳だ。

これまで、何人もの男に泣かされながら、また新しい恋に突進し始めたHARAは ある意味マッチョ系の女なのだろう。


HARAの変化は日を追うごとに評判になっていった。

これまでは、沢山つまみをオーダーしては殆ど一人で平らげると云う無作法も レンタルのペラペラドレスも卒業し、シックで品のあるドレスを纏う様になっていった。

私が最も驚いたのは、ポッチャリ体形があっという間にスリムでしなやかな体形に変わった事だ。

身長160センチのHARAは、ドレス姿もパンツルックも着映えがして美しかった。

美貌と云えば徳川だが、私は今でも、モデルであれ女優であれ、徳川の美貌を超える人に出会っていない。

ブスと並の間位にいる私が言うのもナンだが、HARAは美人の中の10人並みと云うところか。すみません‼

ある日、久し振りにHARAと同席になった時、私は目の前で繰り広げられている、

最早、喜劇としか言いようのない小芝居に腹を抱えて笑った。

もう時間だから、と言って帰ろうとする客の胸にHARAが縋りつき「イヤイヤ」と泣くのである。客は「困ったなあ」と言いながらまんざらでもない顔だ。いや、ドヤ顔だ。

HARAに興味のない相方の方は私の隣でやたら酒をアオリ、私はやたら笑い続ける。

この日HARAには5本の指名が入っていたので、10分程で席を移動していくのだが

この時も凄い。「あなたの傍に居たいわ」と、又泣くのである。

すっかり白けている相方が「今帰らないと……」と心配しても件の客は「HARAが戻ってきたら」と言って席を立つ気配がない。相方は部下の立場で、上司より先に帰る訳にはいかないらしい。

私が相方にどこまで帰るのかと尋ねると、横須賀だが、駅からのバスのラストが12時30分だと言ってため息をついた。

丁度その時、アップテンポの曲(get レデイ)が演奏されたので、私はガックリしている相方を誘ってデイスコダンスに興じた。2曲続けて踊った後席に戻るとHARAが会計をしているところだった。

フロアを出ると2基のエレベーターがある。11時を回っていたので3組の客が帰るところだった。一基目のエレベーターが3組、8人を乗せて下っていくと同時に2基目のエレベーターが到着した。HARAは一基目のエレベーターが7階に到着する前から客の首に手を回し、ウルウルした目で「また、きっと来てね」と、演歌の様な台詞をほざいていた。ドアが開いて、デレデレの客とシラケっぱなしの相方が乗ると

HARAはハンカチで目頭を覆い、体をくねらせながらもう片方の手を弱々しく振った。   どこまでやるんだ?と、大笑いの私には一切構わずにHARAの小芝居は

ドアが閉まり、エレベーターが確実に下降するまで続けられた。

HARAは まだ腹を抱えて笑っている私を軽く睨むとフロアに戻っていった。

後々、HARAのあざとさは佐東の入れ知恵である事を深田さんが教えてくれた。

佐東は最初、HARAの求愛を相手にしなかったが、――磨けば光る――事を見抜いて条件を満たせば受け入れると言ったらしい。

1,体重を45キロで維持する事

2,№1が望ましいが 常に№3内をキープする事

3,佐東の言う事に従うこと

何のことはない。1も2も3に取り込まれているが、3番目の条件は更に細かい。

*くだらないホステスとは付き合うな

*化粧品、バッグ、ドレスなどは出来る限り客に負担してもらう事

*一日の生活費は○○円まで

なんちゃらかんちゃら……

将来二人の店を持つ為の三か条だが、私はHARAの行く末を見届けられないまま店を去ったが、果たして佐東とうまくやっていけたのかしらと思う。

どこかで「秀吉」なんて看板を出してプロのあざとさを発揮してたりして。そう願う。

「あざとさ」は立派な武器になる事を身をもって教えてくれたHARAなのであったが、とは云え、残念ながら(?)私は73歳になった今日まで一度も行使する事はなかった。

     ―――ただ単にあざとさが似合わないんだよね―――   へへ……










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