第5話           遠之 えみ作

1972年 

新宿で金融業を営む「K]と云う暴力団幹部がいた。

ガタイのいい50代半ばの男で 特徴は極端なガニ股歩きだ。

Kが初めてこの店を訪れたのは、新宿のクラブからこの店に流れて来た

ホステスを追っての事だった。

私はこの、新宿から流れて来た徳川と云う源氏名のホステスの美貌にビックリした。

年齢は私と同じ22歳。話しかけると気さくに応じてくれた。

徳川が席から席へ移動する度、客たちは10人中10人が振り返る程の美貌だった。とにかくビジュアルに関しては非の打ち所がない。

私は徳川の追っかけとなって付いて回るうちKとも顔見知りになった。

Kは、徳川にしつこく誘われて ついでがあったから来てやったとニコリともせず言っていた。

そればかりか、Kは何故か徳川を渡り鳥と呼ぶ。

徳川はあっという間に指名ナンバーワンホステスとなったが、2か月もするとこれ又あっという間に北千住方面に流れて行った。

一か所に、長くて二か月。作戦なのか他に事情があっての事なのかは定かではないが、Kが言うには、徳川は人に知られたくない事情を抱えていて一か所に長く留まれないのだとか。なるほど、Kが徳川を渡り鳥と言っていたのも頷ける。

私は徳川に興味津々ながら、Kは苦手だったのでそれ以上は聞けなかった。

Kは苦手だったが、Kがいつも連れ回している通称レイジと云う40歳そこそこの男の方は Kより格段に敷居が低く何でも話せたが、徳川には全く興味のない男で 何の情報も持っていなかった。

レイジは見た目こそチンピラ風だが暴力団員ではない。Kがオーナーの金融会社の雇われ店長である。レイジは私が住んでいたオンボロアパートの向かい側、と云っても国道を挟んでいるからヒョイヒョイ渡る事は出来ないが。

レイジはその向かい側のマンションに家族5人で住んでいたのだから 世の中狭いものである。

Kは、徳川が北千住に飛んでも追う事はなかった。お誘いコールがなかったのか、北千住は好みではなかったのか……まあ、私も追っかけながらも北千住まではチョット…

Kは「この店はブスばっかりだ」と言っては常に不機嫌そうな顔をしていたが、レイジは私に「あれはポーズだから」と コッソリ教えてくれた。それもそうだ。

本当に嫌なら来ないだろう。Kは、存外この店が気に入ったのか たまにフラリと来る様になり、レイジはいつも私を指名してくれた。


私は学校と疎遠になるにつれ落ち着きがなくなっていったが、戻ろうとしても出来ない。かと云ってスッパリやめる事も出来ない。暗い表情が多くなった私に手伝ってくれないかと声をかけてきたのはこの店のマネージャーで、近々深夜営業のサパークラブを開店するからと云う事だった。

深田と云うこのマネージャーは資産家の跡取りで渋谷の松濤に屋敷を構えていた。

貸しビルも何棟か所有していたはずである。

実の妹が芸能界にデビューして話題になったり、その縁で芸能事務所を立ち上げたりと とにかく羽振りが良かった。

深田さんは私がキャバクラで働き出した当初から 何かと親切にしてくれていたが

私は深田さんの事を「親切な人」以上の感情は一切持てず、その後プロポーズされた時も動じる事はなかった。

周りの人たちは「みすみす降ってわいた玉の輿婚をみのがすのか?!」と発破をかけてきたが、第4話で披露した「チビ」「イモ」の称号を棚に上げて言わせてもらうが、ビジュアル的に無理だった。2023年現在も惜しい事をした、なんて後悔は一切ない。


ある日、Kからサパークラブに案内しろと言われ、内心 渋々ながら同伴した。

当然レイジも付いて来るし、最近Kが気に入って指名をかける新人ホステスの美奈が一緒だったので その分気は楽だった事もある。普段 何気にKと接している時は彼が暴力団幹部と云う事を忘れがちだったが、ここで衝撃的な事件が起きて 改めて暴力団の恐ろしさを実感する事になる。


サパークラブに席を移して一時間くらいは 珍しくKもご機嫌で和やかだったが、

レイジに入った一本の電話から惨劇が始まる。

スタッフが長いコードを引きずりながらレイジに受話器をさしだす。レイジは電話の相手に無言で頷いていたが、電話を切るとKに耳打ちした。するとKは何事かレイジに指令を出す。それからのレイジはフロアーを出たり入ったり落ち着かない。

午前3時、そろそろ閉店と云う時刻にレイジが一人の男を伴って戻り、男をKの前に座らせた。

Kは別段声を荒げる事もなく 明らかに怯えている男に淡々と話していたが、その内容はエグい。

「借りたままトンズラとはいい度胸だ。大目にみてやった義理を仇で返すのか?どういう了見だい? せめて、今の今とは云わねえがな、今日中に1200、耳を揃えて持って来い!」 「せ、せんにひゃく⁉‼」 男の素っ頓狂な声は店内を片付け始めていたスタッフ5人の耳を捉えた。深田さんはスタッフのための食事作りで厨房の中にいたのでこの異変に気付かなかったが 他のスタッフはどうやら事情を吞み込んだらしく、作業の手を止めてKと男の様子を窺っていた。

「か、借りたのは、600万ですよ!」 男の声は上ずって涙まじりだ。

Kは酒を一口含むと笑い出した。「てめえナメとんのか!どうしてもと言って土下座したんはてめえの方じゃ、金を借りたら利子が付くのは当たり前じゃろが‼」

「……ムチャクチャだ……」塩を振った青菜の様に萎れた男にレイジが言った。

「村上さんアンタも悪いよ、社長(K)が情をかけて利子をまけてくれたろう?なのにアンタが利子を払ったのは最初の一回こっきりだ」 「仕方がなかったんだよ店長!資金が回らなくて……」 レイジが村上の胸ぐらを掴んだ。「だったら何でそう言わない⁉逃げ回ってばかりじゃねえか!追手がつくまで……馬鹿野郎!」

私はレイジのこんな姿を見たのは初めてだ。今 目の前にいるレイジはいつもおちゃらけて明るいレイジとは別人だった。

「村上さんよ」Kが言った。「そんなハシタ金でケチはつけたかねえが こっちも商売だ。今日中に何とかするか代案を示してもらおうか」

「……代、案?」Kは身を乗り出すと わなわな唇を震わせている男に小声で言った。 「特別に今回だけは利子だけでもいいから、一万でも二万でも取り敢えず入れろ。なんなら現物でもいいぞ、短大生の娘がいたよな?」 Kは「あとは店長の指示に従え」と言って顎をしゃくった。レイジが男を店から連れ出すとKは「そろそろお開きにするか、美奈、会計だ」と横柄に分厚い財布を預けて言った。 美奈がレジに立つと同時にボーイが私を手招きして厨房へ連れていった。深田さんは、Kが暴力団幹部だった事を黙っていた私に珍しく声を荒げた。

暴力団入店お断りの店だって事を知らなかったは通らないぞ!と大きな目 増し増しで私に説教した。私は項垂れながらも深田さんの顔はマンガみたいだ、などと考えていたのだからショーモない。深田さんはチラチラ フロアーを覗いていたが、他に客もなく閉店時間でもある事から「今日はもう仕方がない」と言った。だが、深田さんが「もう、二度と連れて来るんじゃないよ」と、言い終わらぬうちにドアが開いて乱入して来たのは4人の男たちだった。先頭を切って入って来たのは村上、レイジと続いて入って来た二人の男は明らかにその筋の男だった。多分、レイジが追手と言っていた男たちだろう。店は二階だったから村上が逃げられない様階段下で見張っていたのだろうが、かなり激しく揉み合ったのか追手の一人は額から流れる血で上半身真っ赤である。

しかし、腫れあがった赤黒い顔と引き千切られた長袖シャツが物語るように、村上の方が相当酷い仕置きを受けたに違いなかった。村上は真っ直ぐKの元へ向かったが手にはナイフが握られていたため店内は騒然となった。

ところが、Kは慌てる風でもなく、ゆるゆると立ち上がるやテーブルに残っていたレミーマルタンのボトルを手にすると躊躇なく、突進して来た村上の頭に振り下ろした。

卒倒した村上に追手二人が襲い掛かり、殴る蹴るの暴力の嵐の中、レイジが二人と村上の間に入り必死に両者を引き離している姿がせめてもの救いだった。


大混乱の中、パトカーが3台救急車が1台来て収束したが、この事件以来Kとレイジには二度と会う事はなかった。


ずっとのちに小耳に挟んだ小ネタがある。

徳川はゲイボーイだったらしい。深田さんが云うのだからガセではない。

それにしても、世の中にあんな美しいゲイボーイがいるのか?と云うのが私の率直な感想だが、―――いるのだね。―――











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る