第4話 遠之 えみ作

私が週5通っていたデザイナー学校は上野にあった。

屋外スケッチをしてみようと云う担当教師の一言で 30人程の生徒がぞろぞろと上野公園へ。私が所属していたのは グラフィックデザイン、イラスト、漫画(アニメーション含む)のコースだったが クラス内での個人の方向性は異なる。

しかし、あらゆる象形の骨組みを学ぶのは共通していた。

この学校に入学してから一年が経っている。

二年で修了だが、希望すれば続ける事は出来る。

この頃私は、本当は何がしたかったのか解らなくなっていた。与えられた課題なら、デザインであれ、イラストであれ、創作漫画、どれもソツなくこなし及第点を取れるが社会に通用するレベルではない。

アシスタントとしてなら、学校の斡旋も多少はあり職を得られる事は可能だろうが一人立ちするまでの長い長い道のりを越えられる熱意や根性など 持ち合わせていない事は自分が一番知っている。

毎日が憂鬱だった。

そんな時の屋外スケッチ。各々 画用紙と鉛筆を携え散り散りになる中、私は何も描く気になれず ただ、ブラブラと歩いていた。

歩きながら、似顔絵を描くペインターの多い事に気付き足を止めた。

一人の年配男性に近付いてみる。ペインターの足元には何時のものか依頼者の似顔絵が4~5枚置かれていた。正直、上手いのかどうかは判らない。

この辺りには数えただけで13人のペインターがいた。


私は突然、潮時の様な感覚を覚えた。

似顔絵を生業にしているのだとしたら、これだけで生活が成り立つのか?

それとも他に正業を持っていて これはあくまでも趣味としてやっているのか?

若い人は、いつか日展に出品する事を夢見て研鑽を積んでいるとか?

ここまでが想像力も人生経験も未熟な私の考察の限度であるが、いづれにしても、

私にはお門違いの世界、続けられないと悟った瞬間だった。

修了までまだ一年ある。続けるか、今スッパリやめるかの結論はすぐには出せなかったが、ハッキリしていたのは、私には才能がないと云う残酷な現実だけだった。

それからというものは、学校と生活を両立させる為の夜の仕事が増えていき、休みがちな学校には行きづらくなっていった。


私の事を 「チビ」「ブス」「イモ」 などと呼ぶ40歳半ばの客がいた。

初対面でこそいきなりの手荒い歓迎の言葉でビックリさせられたが、こっちも負けてない。日常が荒れっぱなしだから ある意味怖いもの知らずである。

「ジジイ」「ケチ」と言いたい放題だ。

普通なら苦情がくるところだろうが、ナマイキなクソガキと言いながら 週二回程来店しては指名してくれた。

相場の会社を経営している2代目で、このお坊ちゃまの自慢は 「金持ち」「慶応ボーイOB」「奥様が絶世の美女(らしい)」と云う事だ。

お坊ちゃまにはいつも同じ顔ぶれの若手社員3名、金魚のフンの様について来ていた。後で解った事だが、この3人はお坊ちゃまの父親から命じられたお目付け役だったらしい。

     「チビ」「ブス」「イモ」だが、「ブス」以外は当たっている。へへ……


ある夜、閉店後いつも通りバス停に向かっていると、(私より若いと見えた)女性が酔っ払いに絡まれていた。周りにはたくさんの人が往来しているのに 見て見ぬふりで足早に通り過ぎていく。

女性は泣きながら、男に「やめてください」と言っているが、男はやめるどころか女性の逃げ道を遮り執拗に絡んでいる。私も他の通行人と同じく、一度は見ない事にして通り過ぎたが、女性の「助けて」と言う声に足を止めた。

どうしてか 私はそのまま通り過ぎる事が出来なかった。私は渾身の勇気を奮い小芝居を打った。「アキちゃん、ここにいたの?一緒に帰ろう」と言いながらあっけに取られる女性の手を引っ張り歩き出した。 

突然エサを搔っ攫われた50代半ばの薄汚れたその男は今度は私に絡んできた。

汚い言葉で私を罵り、落とし前をつけろと凄んでくる。私は、私の後ろで震えている女性に「早く行きなさい」と言い男と向き合った。

男はジリジリと間合いを詰めてくる。いつの間にか私と男はヤジ馬に取り囲まれていた。悪質なギャラリーが増えた高揚感からか、男は益々声を張り上げ私に接近してくる。私は逃げるが勝ちで身を翻したがヤジ馬の壁がウソの様に立ちはだかった。

今度は私が悪質のギャラリーに罵声を浴びせると云う展開に。 男が薄汚い腕を私に伸ばした時だった。ヤジ馬を搔き分けスッと現れたのは警官でも白馬の騎士でもなくたっちゃんだったから驚きだ。

たっちゃんは素早く男の背後に回り込むとガッチリ肩を組んだ。「なあ、兄弟」と言いながら、私に「行け」と目配せして男をガード下に連れ去った。

翌日 渋谷近辺のガード下で身元不明の男の死体が上がったと云うニュースはなかったから たっちゃんが適当に片付けてくれたのだろうと思っていたが、数日後

来店したたっちゃんに訊いてみると 「覚えてない」「そんな事あったか?」とケムに巻かれてそのままだ。

たっちゃん、まさか…まさか何処かに埋めてないよね?



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