第3話 遠之 えみ作
冴子と云う源氏名のホステスがいた。
鋭い目付きで不愛想な上、度々ホステスとの間でトラブルを起こしていたが
不思議なことに客受けは良く指名が絶えなかった。私は席を移動する時 意識して覗き込んだりしていたが、冴子の顔はいつも能面の様だった。客と盛り上がっているのも見た事がない。なのに何故………
―――その理由は後々解る―――
私がキャバクラのホステスとして働き出して3ヶ月程経ち ポチポチと指名が入る様になっていた。
客の中に50代後半の 通称「たっちゃん」と云う土建屋の親方がいた。
見てくれは職人丸出しのおっちゃんだったが、いつもこざっぱりして気前がよかった。あからさまに誘ってくるところも嫌味がなく 笑いながら指を一本立てたり二本立てたりしていたが、ベテランホステスからはいつも軽くあしらわれていた。
ある日、店の戦略的興行で、人気実力ともトップクラスの歌謡グループがショータイムを飾った。当然 ショー目当ての一見さんが多く店は大混雑だった。
そんな喧騒の中、私を含めベテランホステスが席を外した隙に冴子がたっちゃんの隣に陣取り、本指名の私たちが戻っても席を譲らず そのまま閉店を迎えた。
私は割り切って、と云うより歌謡グループに近い席をアシストするふりをしながらチャッカリ一番前の席に陣取り、お目当てのボーカルの歌声に興奮していた。
ベテランホステスは相当腹を立てていた様で、冴子を何とかしろとマネージャーに詰め寄っていたが、130人余のホステスを抱えるキャバクラでマネージャーは僅か5人。客が文句を言っている訳ではないのだから、その程度の事では何ともならない。
二週間後 たっちゃんがご来店。指名は私といつものベテランの他 冴子も呼ばれていた。私は また小競り合いが始まるのかなと厭な気分だったが、冴子は申し訳程度に顔を出しただけでそれっきり。
たっちゃんの話によると、
前回、アフターで冴子と食事に行った後 一晩一緒に過ごしたらしい。
ホテルではない。いきなり冴子の部屋だ。
その光景が凄い。枕元に柳葉包丁を突き刺してコトに及んだと云うのだから呆れる。
「そんな状況でよくできたね」と言う私にたっちゃんは、あのまま何もしなかったら逆に刺されていたと言うから驚きだ。
なんだか噓っぽいなあーと思っていた私に、ベテランホステスが冴子の正体を教えてくれた。
冴子に指名が絶えないのは厳禁されているおもてなしをしているからだと言う。
冴子は、客の隣に座ると交渉を持ち掛け 下半身をオープンしているらしいのだ。
そう言われると思い当たるㇷシがある。
冴子はいつもひざ掛けを持ち歩いていた。ひざ掛けはホステスが持ち歩く様な物ではない。
ひざ掛けは商談成立した客が冴子の下半身をまさぐる仕草を隠す道具だった。
いつも薄暗い店内の隅っこの席を選ぶから見えずらいが、ボーイの間では有名だった。ボーイが飲み物を運ぶと客の手はひざ掛けの中、冴子は能面顔で必ずおしぼりを2~3枚オーダーするのだとか。
客同士、酔った勢いで、トイレなどで自慢げに喋っているのを聞いて、我も我もと云った具合。3000円でおさわり放題。指が何本入るか試した奴もいるというから呆れるしかない。
ある日、ホステス同士の争いがあった。
№3のホステスと冴子である。珍しくお茶を引いていた冴子がカモを探して見つけたのが売れっ子の席にいた客だった。ちょっと席を立った間に、売れっ子の席を占領して薄ら笑いを浮かべている。殺気を感じ取った客は「トイレに…」と立ち上がり
避難。
追っ払っても動かない冴子に逆上した売れっ子は グラスに氷と水をなみなみ注ぐと冴子にブチまけた。だが、冴子は能面顔を売れっ子に投げて寄越すだけで動こうとはしない。 そのふてぶてしさに制御がきかなくなった売れっ子は、更に手当たり次第投げつけて修羅場となる。
マネージャー3人とボーイが殺到して収めにかかったが、驚いたのはその時の冴子である。いつも持ち歩いている不自然なくらい細長い私物バッグから取り出したのは
刃渡り20センチはある刃物だった。
私は近くの席にいて、映画のワンシーンの様な光景を眺めながら、たっちゃんの柳葉包丁の話は本当だったとぼんやり考えていた。
翌日から、騒ぎを起こした冴子と売れっ子の姿は店から消えた。
ひとつ疑問だったのは、冴子は何故たっちゃんを自分の部屋に誘い込んだのかと云うものだ。
その後も、私が店を辞めるまで通ってくれたたっちゃんに訊いても「判らない」と言うばかりだった。
今ではもう、冴子に聞くことは叶わない。
何十年も前の事なのに、事件の数日前に堪能した歌謡グループの歌を聴く度冴子を思い出す。
こう~~~~べ~~~~
2010年頃だったと思う。浪速の爆笑王の娘が率いる劇団とこのグループのリードボーカルのセッションを新橋演舞場で観た。この方、しきりに饅頭を勧めてくるのだが、その言いぐさで爆笑した。
曰く 肉だって熟成された方が旨くなるのだから、饅頭しかりと云う訳だ。
何日かこれで笑えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます