人の心の澱んだところ

 シルに対する邪推や陰口は、屋敷に迎え入れられたその日から、確実に屋敷の人間関係の底に渦巻いていた。愛情深い両親によって人々の嫉妬の炎から守られていただけのことで。

 シルが少年に成長し、他の子どもたちや屋敷の大人たちと関わるようになるにつれ、両親はシルを温かい手にかくまい切れなくなった。

 人々は妬んだ。リュヤージュの遊び相手として特別扱いされていること。エスフィヴ伯爵にとりわけ目をかけられていること。

 そして中傷した。シルの出自の怪しさは、格好の蔑みの種だった。シルとリュヤージュの友情は、一部の人々の目には「使用人の息子の立場をわきまえない振る舞い」と映った。

 明るい少年シルも、いつまでも人々の悪意に気づかないままではいられなかった。


 ぼくのことを変な目で見る人がいる。

 誰かの噂話をしてるところに通りかかったら、急にみんな黙り込む。

 父さま母さまが、時々疲れた顔をして帰ってくる。そんな日は決まってぼくをぎゅうっと抱きしめる。


 そんな違和感は、物心ついた頃からシルの心に降り積もっていた。

 そして降り積もった違和感が「ぼくは嫌われているんだ」という結論に結びついた瞬間、シルの人生は変わってしまった。


 何気ないタイミングだった。ただ、噂話を立ち聞いたのだ。屋敷のどこで、いつ起きたことかは思い出せない。ただ、そのとき大窓から斜めに差し込んでいた夕陽の熱さを覚えている。

 シルは気配を殺して、廊下の壁に張り付いて、室内のおしゃべりを聞いた。心臓がばくばくと打って、ひゅっひゅっと浅い呼吸しかできなかった。あまりにも速い鼓動が胃を揺らして、吐いてしまいそうだった。涙で視界にもやがかかった。ぎらついたオレンジの夕陽を、窓格子が黒く四角く切り取った。夕陽はまっすぐにシルの目を焼いた。

 ぼくは嫌われてるんだ。心臓が裂けたようにずきりと痛んだ。邪魔者なんだ。じわりと締め付けられるような苦しみが込み上げた。拾われた子だから。心臓の傷はじゅくじゅくと膿んで、シルはこのまま自分がばらばらになって腐って消えてしまったらいいのにと思った。どこの生まれかも分からないから。変えようのない生い立ちがぶすりと、シルの若くはつらつとした心にとどめを刺した。

 父さまと母さまがときどき悲しい顔をするのも、嫌われ者のぼくを育ててるからなんだ。

 燃えるような夕陽を浴びて、シルの中でかちりとすべてが繋がった。

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