第34話

 イノシベアを嗾けた結果は、天使とハヴェットの予想外のものであった。


 服装の割りに言動が丁寧で落ち着いた印象であった少女が、普通の同年代の少女ではあり得ない動きをして、あろうことかイノシベアを倒してしまったのだ。


 悪魔はその間何処かへ行っていたので、少女の独力なのだろう。


 世にはとんでもない少女もいるものなのだなとハヴェットは目的を忘れて感心してしまう。


 そんなハヴェットの元に決着がついたと思い、万が一少女の元に天使が現れた場合自分の存在を気取られぬ様にと遥か上空で待機していた天使が下りてきた時、思わぬ事態が起きた。


「誰か……見て、いるなら、この娘を助けて……」


 少女の呟きを聞いたハヴェットは自分が見ていたことに気取られたのかと焦ったが、天使の動揺を見て違うと悟る。


 気取られたのは天使の方だったのだ。


 天使に急かされ、教会へと戻ったハヴェットは何故貴方の存在が気取られたのかと尋ねる。


「思いも依りませんでした。どうやら同胞はあの少女の中にずっと入っていたのですよ。今までそんな前例は無かったので、可能性として考慮していませんでした」


 年齢に似つかわしくない戦闘能力の秘密はそういうことだったのかとハヴェットは納得すると同時に、天使というの案外完璧な存在では無く、抜けているところがあるのだなと思った。


 そんな呑気なことを考えているハヴェットとは裏腹に天使は苛立ちながら空中を右往左往する。


 しばらくはブツブツと独り言を呟きながらそうしていたのだが、ふと何かを思いついたかのように止まった。


「素晴らしい計画を思いつきました。明日の礼拝の時に天使も悪魔も少女も始末してしまいましょう」


 普段は自分のことは決して口外しないようにと口すっぱく言っているのに何故突然人目に着くようなことをするのか分からなかったからだ。


 ハヴェットの頭が疑問符で埋め尽くされる。


 悪魔と天使の戦いは普通の人間には見えないのだから問題無いとしても、少女に入っている天使との戦いは見られてしまう。


 例え超常の存在が自分と少女に宿っての代理戦闘とは気付かれないとしても、少女を始末してしまえばそれを見た村人たちはどう思うかなど考えるまでも無い。


 そうなれば今まで積み上げてきた物をすべて失ってしまうことになり、長年欲して来た物は永遠に手に入らなくなるだろう。


 少し落ち着くべきではと諭すハヴェットに天使は耳を貸さずに自らの計画を語り始める。


 今までは追手が来る可能性を危惧して目立たぬようにと隠れて活動してきたが、追手が来た以上最早隠れていても仕方がない。


 ならば、ハヴェットに入って堂々と自らの力を示すことで主の実在を村人たちに分からせると共に、ハヴェットを主に選ばれし聖人として周知させる。


 少女については悪魔と取引をしたことで魂を奪われ、肉体だけが操り人形として動いているだけということにすれば始末したところで問題にはならないはずだ。


 以上が天使が立てた計画なのだが冷静に考えれば破れかぶれに近い計画であり、どうにか思い留まらせなければならない類のものなのにハヴェットは寧ろ乗り気になってしまう。


 一足飛びに聖人になれるという餌に釣られて目が曇ってしまったらしい。


 こうしてハヴェットは素知らぬふりをして教会に帰って来た少女を、自分に何かしらの嫌疑が掛からぬよう念のために敢えて治療した。


 深夜、少女に入っているはずの天使が部屋に現れた時は全てが露呈したのかと冷や汗をかいたが、天使の存在に気付かぬ振りをすることでどうにかその場を切り抜けたハヴェットはトイレで用を足しながら安堵するのであった。


 しかし翌日、天使にもハヴェットにも予想外のことが起きる。


 普段疎らにしか埋まらない礼拝堂のベンチに座りけれない程の村人たちが礼拝の時間に集まって来たのだ。


 何事かと村人たちに話を聞いたハヴェットの心は嫉妬で支配された。


 普段から懸命に奉仕する自分よりも、ぽっと出の少女が獣一匹倒しただけで奇跡の少女と持て囃され、一目見ようと礼拝に人が集まったからだ。


 今までの自分の努力は何だったのだろうか。


 そう思ってしまったハヴェットから、残されていたほんのわずかな理性と計画内容への危機感は消え去ってしまった。


 こうして、ハヴェットは天使を受け入れ身を委ねたのだ。


 己の欲望を満たす為に。


「天使が人間の欲望を助長するような真似をするとは、貴方、随分堕ちてしまったのですね」


 聞いてもいないのに全てを話した天使に、イージスは嫌悪感をむき出しにする。


 どうやら彼は自分のやっていることが最早、彼が亡ぼしたいと願う悪魔と変わりないことに気付いていないようだ。


「堕ちた……ですと。私のどこが堕ちたと言うのです! 全ては主の為に行っているのですよ」


「アイツ、何か一周回ってオモロくなってきたんだけど」


 戦いが中断しているのを良いことにいつの間にか隣にまで飛んで来ていた悪魔が笑う。


「笑えませんよ。いっそ堕天でもしてそちら側になってくれていればいいものを。あれでは天使の恥晒しもいいとこです」


「あーしが魔界戻ったらアイツのこと広めといてやんよ。天使も結構お馬鹿だったって。皆大ウケするだろーなー」


 悪魔の頭に神罰を下して記憶を消し去ってやりたいところだがそうもいかないのが実にもどかしい。


 今キュエルの体から出てしまうと彼女が固い床目掛けて一直線に落ちてしまうからだ。


 とにかく、時が経てば経つ程に状況が悪化していくような気がした自分は決断した。


 同胞の話を聞く限り、ハヴェットは餌に釣られたとはいえ自らの意思で天使に協力していた。


 つまりは共犯者な訳だ。


 ならば、彼にも罰を与える必要がある。


 すなわち、少々荒っぽい方法で天使を体から追い出すのも天罰の一環と言うことで良いのではないだろうか。


 恐らく、きっと、多分いいはずだ。


 主もお許し下さることだろう。


 方針が決まったのならば後は動くのみだ。


 自分は、剣を手から消失させた。

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