第33話

 生来頭が良く、幅広く読んでいた本から得た知識も生かすことでハヴェットの成績は直ぐに同年代の中ではトップへと上り詰めた。


 このことで教師からは期待を、周囲の友人たちからは尊敬の眼差しを向けられるようになったことになる。


 生まれたて初めて向けられたこれらにハヴェットは愉悦を感じるようなった。


 このことが彼にとって追加の原動力となり、ますます司祭への道を邁進していくことになる。


 神学校を首席で卒業後、ハヴェットはその優秀さから帝都の教会の助祭となった。


 だが、ここまで順調に司祭への道を歩んでいた彼に思わぬ挫折が襲った。


 あまりに優秀過ぎた故に周囲に疎まれてしまったのだ。


 疎まれた彼は次第に冷遇され始めるも、これもまた歴史に名を遺す一歩だと思い耐え続けたのだが、ある日突然、片田舎の村の小さな教会への赴任命令が出された。


 名目上は司祭への格上げにより、教会を任されることとなった栄転とされたが、事実上の左遷である。


 当然、左遷されるようなことをハヴェットがしてしまったのではなく、冷遇にも耐える彼を快く思わなかった者たちの策略の結果であった。


 話を聞いた家族は今回ばかりは流石に泣きついてくるかと思い、両親はともかく兄たちは身構えたが、ハヴェットはそうはしなかった。


 確かに左遷はショックではあったが、本に書かれるような偉大な聖人たちの中には似たような状況になった者も多かった。


 だからある意味、これも自分の欲するものを手に入れる為に必要なステップだと考えたのだ。


 だが、左遷後は自分に尊敬の眼差しを向ける者はシスターであるイレイナしかいなかった。


 それだけは我慢できなかったハヴェットは、自分を尊敬してくれる者を求めて積極的に村人たちに医療を提供したり知恵を貸すようになった。


 すると、最初の頃は余所者だとあまり自分に良い顔をしなかった村人たちは直ぐに手のひらを返して自分を敬うようになり、帝都の教会で冷遇されていた頃よりも気分が良く、ハヴェットは左遷された方が寧ろ良かったと思うようにすらなった。


 それに、こうして村人たちに奉仕することで自分の能力を世に知らしめばいずれはこの田舎からまた帝都の教会により良い地位で戻れるのではという算段も相まり、奉仕活動にハヴェットはのめり込んだ。


 だが、最初の一、二年はそれで満足していたのだが、帝都の教会に呼び戻されることはおろか、視察や手紙の一通も来ないことに次第にハヴェットは焦りを感じるようになってしまう。


 このまま自分は片田舎の小さな教会の司祭で終わってしまうのか、本に書かれるような偉大な聖人に成れないのか。


 そういった不安に苛まれてしまったからだ。


 そんな不安なを誤魔化そうと深夜礼拝堂で祈りを捧げている時であった。


「貴方はこんなところで終わるような存在ではありません。私と共に歴史に名を残しましょう」


 天使が現れたのは。


 神々しい翼を広げて降り立った天使は語る。


 邪悪な悪魔が住む世界を亡ぼす為、信仰心を集めなければならない。


 その為に貴方に力を貸して欲しいと。


 神託を聞いたり天使と共に行動したという聖人が狂気大戦以前にまで遡れば居たとされる記述は幾度か本で読んだことがあったハヴェットは、態度には出さなかったが内心大喜びした。


 天使に協力するなど、もう歴史に名を残すことが決まったようなものだからだ。


 おまけに協力すれば魂が清められ、天使にすら取り立てて貰えると言うのだから、ハヴェットはこれまでの努力がようやく実を結んだのだと思えた。


 それからというもの、ハヴェットは天使の指示通りに熱心に働いた。


 今まで以上に村人たちへ礼拝への参加を呼びかけ、奉仕活動へもより精を出した。


 一方、天使の方は時折ハヴェットの体に入っては周囲の人間にバレぬ様に最新の注意を払いながら裏で様々な工作を行った。


 ハヴェットの知識を用いれば手に負える範囲で村に災いをもたらしたのだ。


 畑に害獣を呼び寄せたこともあれば、村で今流行している熱病の原因も帝都から持ち込まれたからではなく、天使がもたらしたのだ。


 その結果、集まりが悪いのは左程改善はしなかったが、礼拝に参加する村人は少しずつではあるが増えていった。


 それはハヴェットも尊敬され、延いては主を信じ敬う存在の増加へと着実に繋がっている証であった。


 天使の想定した計画よりは増えていないらしいが、ハヴェットは気にはしなかった。


 自分が望む物を手に入れるにはこのままでも充分問題無いように思えたからだ。


 そんな折である、悪魔を連れた少女が現れたのは。


 出会った時、聖書に記されていた通りの黒い蝙蝠のような羽を持つ露出の多い女が少女の隣で浮いているのを見て、ハヴェットは驚いたものの、辛うじて気付かない振りが出来た。


 事前に、自分の他にも天使や悪魔がこの世界に来ていることを知らされており、悪魔はもちろん天使ですら敵対者である可能性があると知らされていたからだ。


 夜、何処かへと出かけていた天使を教会から離れた村の端で合図を送って待ち合わせて事の次第を告げた。


 自分の不在時に何かあればこうするように天使に言いつけられていたからだ。


「これは厄介なことになりましたね。今日は思いを同じくする同胞との情報交換の会合へと行っていたのですが、どうやら天界、魔界の両方から追手が来たらしいのです。悪魔と天使が共に行動しているらしいので、恐らく悪魔だけでなく天使もこの村にいるのでしょう」


 ただ、その悪魔を連れた少女の元に天使もいるのか確信は無いからと天使はとある命令をハヴェットに下した。


 悪魔を連れた少女がイレイナと共に森で薬草採集をする際、野生の猛獣を嗾けることで天使の存在の有無を確かめようというのだ。


 もし、天使も共に行動しているというのなら少女が危機に陥れば必ず姿を見せるはずであり、悪魔のみしかいないというなら猛獣と戦っている間に隙を伺い倒せばいい。


 悪魔と共に行動する少女など司祭の身としては軽蔑する存在と言ってもいいのでどうなろうと構わない。


 ただ、イレイナを巻き込むことになるのは少しばかり気が引けた。


 しかし自分が欲するものを手に入れる為には致し方ないだろうとハヴェットは判断した。


 こうして、天使の力で操られたイノシベアはイージスたちを襲ったのであった。

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