第35話
「おやおや、今更降参でもするのですか。残念ですが受け入れる気はありませんよ」
「ちょっとおマヌケ天使、あんまりアイツが気に食わないからって戦意喪失はないっしょー。あーしだってあんなのの相手すんの嫌なんだから変わんなよ」
剣を消失させたことで、同胞も悪魔も自分が戦いを放棄したと思ったのだろう。
勿論、そんな訳ない。
ただ、武器を変える為に持っていると邪魔だから剣を消失させただけだ。
自分は拳を構える。
「剣相手に無手で戦おうというのですか。剣があっても防戦一方だったというのに。もしや自暴自棄にでもなったのですか」
「そんな訳ないでしょう。それに、武器ならほら、この通り」
自分は新たな武器を拳に発現させる。
四本の指を指輪のように嵌めるリングを持ち、これもまた鎧や剣と同じく白銀に輝く近接格闘に特化した武器、ナックルダスターを。
「アハハハハハ、うっそでしょ、天使がナックルダスターって。アンタらが使う得物って普通聖剣とか弓とかっしょ。それをナックルダスターって、アンタどんだけ脳筋なワケ」
ナックルダスターを嵌めた拳を見て、悪魔が笑い転げる。
キュエルに入っていなければ、この素晴らしい武器の威力を味合わせてやるのに。
「放っておいてください。何故だか妙に手に馴染むんですよ」
「貴方、同胞にしては少しばかり暴力的過ぎませんか」
悪魔に笑われるのも腹が立つが、何より散々非道なことをしておきながら人のことをとやかく言ってくる同胞の方が余程怒りを覚える。
「ハヴェット、もしまだ取り込まれずに意識があるのならば覚悟しなさい。死にはしませんが少々痛いと思いますので」
(あの、イージス様、それで殴っても神父様、本当に死なないんですよね)
「貴女の体と同じように彼の体もまた天使が入ったことで強化されているので大丈夫でしょう。手加減しますしね」
手加減しなければどうなるのだろうキュエルは考えてしまったが、その答えを聞くのが恐ろしくなった彼女は聞くのを止めた。
「手加減、ですと。貴女、私のことをどれだけ侮れば気が済むのです」
自分に向かっての言葉では無かったとはいえ、手加減という単語が同胞の無駄に高くなっている自尊心を傷つけてしまったようだ。
怒りに任せて同胞は大きく剣を振り上げるとそのまま斬りかかって来た。
振り下ろされる剣を自分は避けない。
当たり前だが避けられない訳では無い。
避ける必要が無いから避けないだけだ。
振り下ろされた剣を突き上げた拳で、正確にはナックルダスターで受け止める。
ハヴェットの整った顔がまた大きく崩れてしまう。
中にいる天使が余程驚いたのだろう。
背後からは悪魔がマジで、などと大きな声を出しながら大笑いしているのが聞こえる。
いくら何でも先程から笑い過ぎだ。
あっちもこっちも些か自分に失礼ではないだろうか。
これくらい、きちんと修練を積めば誰だって出来ることで左程難しいことでは無いのだから。
「いい加減に実力の差が理解出来ましたか」
自分の問いかけに答えず、天使は狂ったように剣を振り始めた。
先程までよりも更に精細さの掛ける、子供が駄々でもこねて腕を振り回しているのと大差ない動きなので、防ぐのに両手を使うまでも無く右手だけで全て防ぐ。
剣とナックルダスターがぶつかる度に火花が散る。
よく見れば少しずつだが剣が刃こぼれし始めていた。
これだけ無茶苦茶に振って、その全てを金属製の物で受け止めら続ければ当然の結果ではあるのだが、少しばかり不憫になって来た。
無論、ハヴェットでも天使でもなく、剣のことが不憫になったのだ。
未熟な使い手のせいで傷ついているのに、使い手はそのことに気付かず益々剣を痛めつけるようなことをする。
あれだけ刃こぼれしてしまえば最早研ぎ直したところでどうにもならないだろう。
このまま防戦一方で受け止め続ければ直にバキりと砕け散るのは目に見えている。
そうなれば相手は武器を失い隙が生まれるに違いない。
万が一自分のように他にも武器を持っているとしても、発現させる前に体に拳を叩き込むだけのこと。
しかし、一つ懸念がある。
それは先程から聞こえる、剣が自分に向かって振られるたびに上げるキュエルの必死に抑えているのだろう小さな悲鳴だ。
戦いが始まって以降剣が自分に向かってくるのがずっと強制的に見えているので怖かったのだろうとは思うが、剣では無く拳で受け止めるようになったせいで剣で受け止めていた時よりも刃が至近距離で見える為に恐怖が倍増してしまっているようだ。
キュエルの為にも決着を急いだ方が良さそうだ。
そんなことを考えているとタイミングよく相手が剣を両手持ちに変えると泣きそうな顔で大上段に振りかぶった。
攻撃が片手だけで防がれ続け、ようやく実力の差を悟ったのか決着を焦ったようだ。
これ幸いにと自分は今まで以上に集中して神経を研ぎ澄ませる。
失敗すれば、まあ、するはずも無いのだが、キュエルに大怪我を追わせることになるような真似を仕出かそうというのだから最大限に集中せねばならない。
ハヴェットは声を裏返させ絶叫しながら剣を振り下ろしてくる。
だが、剣は自分の、キュエルの体を切り裂くことは無かった。
何故なら、その前に剣は無残にもバラバラに砕け散ったからだ。
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