第24話
悪魔に吹き込まれた内容は全て語ったが、はてさて、イレイナは信じてくれるだろうか。
反応を伺うと、イレイナはポカンとしていた。
悪魔は真実がどうたらと言っていたが、そもそも、その真実自体が非現実的で嘘のような話では悪魔の理論は成立しないのではないか。
家の柱が折れたような感覚に襲われた自分を見て、悪魔も自信満々に語った理論の落とし穴に気付いたらしく、自分は悪くないとでも言いたげにそ知らぬ顔で口笛を吹きながらどこかへ飛んで行こうとする。
天罰を与えるどころか文句の一つも言ってやれない現状がもどかしい。
余計なことを言って、話に綻びが生まれてはいけないと作り話以上の事を語らない自分とポカンとしたままのイレイナの間に、胃に悪い沈黙が流れる。
長い長い沈黙の後、ようやくイレイナが口を開く。
「す、すごいですねキュエルさん。そのお年であんな猛獣を倒すなんてきっと主がお力添えして下さったに違いないです。私は奇跡の瞬間に立ち会ったのですね」
何をどう解釈すればそうなるのだろうかと思ったが、あながち間違いでは無いのかもしれない。
実際に倒したのは神の使いの天使である自分なのだし。
ともかく、イレイナが話を信じてくれたのは助かった。
だが、彼女はどうやらこの作り話を信じすぎているらしい。
イレイナは主への感謝を述べながら祈りを捧げたかと思えば恐る恐るイノシベアの様子を見に行ったり、それが終わると今度は自分の手を握って来て礼を述べたりと、目まぐるしく動き回っていて、完全にテンションがおかしくなっている。
敬虔な信徒故の奇跡に立ち会えたという喜びと、九死に一生を得た安堵感。
この二つが交じり合ったせいで、恐らくとんでもない量の脳内麻薬が分泌されているのだろう。
下手に話を疑われるよりはマシではあるが、これはこれで収集がつかなくなっているので困りものだ。
「キュエル、こういう場合人間はどうしたら落ち着くのですか」
舞い上がっているイレイナに聞こえぬように小さな声で尋ねてみるが、困惑した声で分かりませんとしか答えが返ってこなかった。
ならばと、藁にも縋る思いで逃げかけている悪魔を見るが苦笑いしながら声を出さずに口を動かす。
ファ・イ・ト、と。
あれだけ大口を叩いておきながらここで見捨てるとは、やはり悪魔の言うことなど聞くべきでは無かった。
こうなったら自分でどうにかするしかないと覚悟決めた自分はどうにかイレイナを落ち着かせようと苦心する。
「イレイナさん、お気持ちは分かりますが落ち着て下さい。私たちが何をしに来たかのお忘れですか」
動き回るのを止めないイレイナの腕に縋り付いて必死に説得するが中々効果が出ない。
それでもこの方法以外手段が思いつかない自分が説得を続けるとようやくイレイナは動きを止めた。
「落ち着きましたか、イレイナさん」
「すみません、私ったらつい舞い上がってしまって……」
今度は顔を真っ赤にした顔を手で隠したイレイナであったが、どうにか話は出来る状態になってくれたようだ。
「とりあえずもう危険は無いとは思いますが念のために森を出ましょう」
「分かりました。キュエルさん、今更かもしれませんが傷の具合は大丈夫なのですか?」
本当に今更な話だが、咄嗟に一番酷い左腕の傷を隠して平気なフリをする。
この傷を見たらまたイレイナがパニックになると思ったからだ。
何だか、少し嘘を付いたり誤魔化したりすることへの罪悪感が薄れてしまっている気がする。
良くないことだが、今の状況では気にするべきことではないだろう。
「きっと主がお守りくださったのでしょう。見た目よりは大したことはありません。そうだ、私、薬草を放り出してきてしまったので取ってきますね」
「そんな、今はキュエルさんの傷を神父様に見せる方が先です」
「私、頑丈なので大丈夫ですから。行ってきますね。イレイナさんは帰る準備をして置いて下さい」
止めようとするイレイナの制止を振り切って自分は走り出す。
薬草を回収せねばならないというのもあるが、少し気になることがあったからだ。
「悪魔、貴女は何か感じましたか?」
走りながら、付いて来ている悪魔に問う。
意識を失う寸前に感じた気配が自分の気のせいでは無かったかどうかを確かめる為に。
「何にも感じてないよ。でも、ちょい気になることがあんのよ」
「気になること? つまらないことでは無いですよね」
「聞いといてその言い草はなくない。足跡があったんよ、アンタと熊が戦った場所を隠れて見れそうな位置に」
天使が関わっているのかどうかはさておき、やはり誰かが自分の戦いを見ていたのはまず間違いないようだ。
「もしかしてアンタ、お仲間の気配でも感じたワケ?」
「ええ、イノシベアを倒して意識を失った時に感じたような気がするのです」
「あーしの勘は否定したくせに自分の不確かな感覚は信じるって何か理不尽だわー」
「他人の勘より自分の感覚を信じて何が悪いと言うのですか。それに誰かが見ていた証拠はあった訳ですし」
「そりゃそうだけどさ。あ、そうそう、足跡だけどサイズ的に多分男物の靴だよあれ」
それを聞いた瞬間、信じたくはない憶測が脳裏を過ぎった。
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