第25話
「それで、どうすんの? 森中探してか弱い乙女が熊とガチンコファイトしてたのを高みの見物こいてた悪趣味野郎探しでもすんの?」
「いえ、今はイレイナと森を出る方が先決です。本当ならそうしたいところですが、彼女の身の安全が最優先ですから」
「まあ、あーしらが出入りしたり力使ってるとこ見られたらヤバいしね」
「ええ、それに敵は関係の無い者を巻き込んでも気にしないようですし」
「どゆこと?」
今までの状況と話の流れで察しない悪魔に仕方なく自分は懇切丁寧な説明をしてやることしにした。
「いいですか、イノシベアは本来自分の縄張りから外には滅多なことでは出ないのです。この辺りが縄張りというのなら、そもそも森に詳しいイレイナが近づくはずが無いでしょう。つまり、あのイノシベアは私たちの存在に気付いた敵がイレイナごとキュエルを始末することで憑依先を無くさせて一時撤退を選ばせようとしたか、戦力分析の為に捨て駒として嗾けたのかどちらかということです」
「あ、そゆこと。こっすい手使いやがんね」
口には出さないが悪魔に同意する。
この卑怯な手口は悪魔だと断言したいところだが、自分は確かにあの時天使の気配を感じた。
同族がこんな卑怯な手を使うとは思いたくは無いが、相手は主に逆らって天界を出奔した身。
もはや真面な天使だった頃とは思考や常識が変わってしまっているのかもしれない。
天使だから、という思い込みで相手の手を読もうとするのは悪手だと肝に銘じる必要がありそうだ。
「とりあえず貴女は足跡を追ってみてください。何か他にも手掛かりが掴めるかもしれませんから」
「りょ! あーしがいない間、シスターにボロ出さないように気を付けなよー」
余計なお世話を言いながら悪魔は勢いよく飛んで行った。
その背を見送った自分は、当初の目的である薬草を回収する為に、自分の足跡を追って薬草の群生地へと向かう。
幸い、イレイナの悲鳴を聞いた時は焦っていたせいか遠く感じたが、実際はそうでもなかったようで、直ぐにひっくり返ったかごと散らばった薬草を見つけることが出来た。
痛む体に鞭打ちかながら屈んで薬草を拾い集める。
思っていたよりは散らばった範囲が狭く、直ぐに薬草を拾い集めることが出来たので、イレイナに合流する前に少しだけ一息つこうと木にもたれ掛って休んでいると悪魔が戻って来た。
「たっだいまー。やっぱダメだったわ、途中で足跡上手いこと消されてた」
予想はしていた結果なので自分は大してがっかりもしなければ失望もしなかった。
自ら手を下そうとしない卑怯者が、自らを危うくする手抜かりをするはずが無いのだから。
これでこの森にいる必要性は完全に無くなったので、自分は急ぎイレイナと合流すると彼女の方も背負いかごを背負って出発準備を整えていた。
「日が傾いてきています、急ぎましょう」
まだ日没までには幾ばくかの余裕はあるだろう、のんびりと出来る程でもない。
キュエルの痛む体のことを考えればあまり無理をさせたくはないが、仕方がないだろう。
自分はイレイナの手を取ると速足で歩きだした。
薬草を探しながらの行きとは違い、歩くことだけに集中したお陰か、森から出るのに思ったより時間が掛からなかった。
それでも森を出た頃には日没までの時間の貯金は残り少なくなってしまっていた。
日がある内に帰る予定だったので、灯りの用意は何も無い。
昨日は雨と、今日は太陽との競争とつくづく空に急がされてばかりだ。
昨日の一戦は負け、よく言えば引き分けといったところだが今日はどうだろうか。
見たところ、こちらの方が分が悪そうだ。
うだうだ言っても仕方が無いので、自分たちは先を急ぐ。
しかし、今回の競争もこちらの負けらしい。
「やはり間に合いませんでしたか」
「すみません、私の足が遅いばかりに」
申し訳なさそうに謝るイレイナに気にしないよう伝える。
こうなれば月明かりを頼りに歩くしかないが、急ぐのは良くないだろうと自分は歩みを緩めた。
流石に月明かりでは足元を見るには少し明るさが足りないので、ぬかるみに足でも取られては敵わないからだ。
歩む勢いが落ちると、気力も低下してしまったらしく、痛みと疲労感が一層強くなってきた。
キュエルも、また我慢しているようだがかなり辛そうだ。
これ以上キュエルの体に負担を掛けるくらいならと野宿も覚悟し始めた頃、遠くに明かりが見えた。
村まではまだ距離があるし、一体何の明かりかと目を凝らすとだんだんと向こうから近づいて来た。
まさか敵かと身構えるが、違ったようだ。
「おーい、イレイナさん、キュエルちゃーん。大丈夫かーい」
聞き覚えのあるこの声、明かりの正体はガデンの駆る荷馬車に取り付けられたランタンだったらしい。
「いやあ、畑で採れた野菜をおすそ分けしに教会に行ったら神父様が二人が日が沈んだってのに帰って来ないって言うもんだから心配になって迎えに来たんだよ」
「助かりました。ガデンさんが迎えに来てくれなかったら野宿する羽目になっていたかも知れません」
「いいっていいって、気にしなさんな。それよりキュエルちゃん、えらくボロボロだが何があったんだい」
「それが、嘘みたいな話なんですけど……」
イレイナの語る話に、ガデンが上げた驚きの声とそれを聞いて同じく驚いた馬の嘶きが月夜に轟くのであった。
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