第23話

「さて、これからどうしたものか……」


 気絶しているイレイナに絶命したイノシベア、そしてボロボロのキュエルの体。


 そうだ、かごから散らばってしまっているであろう薬草も回収しないといけない。


 対処しなければならないことは沢山あるが、何から手をつければ良いものか分からない。


「やはりまずはキュエルの体からですね」


 悩む自分に、体中の痛みが最優先すべきことを教えてくれた。


 骨折は治癒出来ており、血も止まってはいるが打ち身や裂傷はそのままだ。


 一応最も深い左手の傷も少しは治癒しているので、神経近くまで達していた傷も刃物で軽く切られた程度にまでは回復していると思う。


 あくまで自分の感覚での話なので、医者にでも見せなければ本当のところは分からない。


 詳しいことはさておいて、現状でも決して軽い傷ではないのだからと癒す為に力を使おうとするが、再び悪魔に止められてしまう。


「いや、キュエルっちには悪いけどそのままの方があーしは良いと思う。じゃないと色々疑われっから」


「やましいことは何一つ無いのですから疑われる謂れはありませんよ」


 悪魔は呆れたような顔で溜息を吐いた後、ビシっと指を指してきた。


「じゃあ聞くけどさ、あの熊はキュエルっちくらいの歳のキャワワな女の子がナイフ一本で倒せるくらいザコなワケ? それも無傷で」


 行動は無礼極まりないが、言っていることには一理ある。


「た、確かにそれはそうですが……」


 余程己の肉体を鍛え上げているか、特殊な技能や力でも無いとまずイノシベアを倒すことなど不可能だ。


 それもただの人間である少女が倒すなど、天地がひっくり返ってもまずありえないに違いない。


「でしょ。倒したちゃったもんはもうどうしようもないとしてさ、せめてそれなりに怪我してないと絶対変に思われるよ」


 悪魔の言う通りにするのは癪であり、キュエルにいつまでも痛い思いをさせたくもない。


 だが、そうしないと確かに不審に思われてしまうのは間違いないだろう。


 なまじ、イレイナが気を失ったのが恐らく最後の攻防の引き金となったあの何かが倒れた音がした時だとすると、それまでの戦っている姿を見られているかもしれない。


 目を瞑ってくれていればと思うが、よくよく思い出すと余程怖かったのか、瞑るどころかギンギンに彼女の目は開いていた気がする。


「ですがそれだと、人を騙すことになります」


 すでに前科ありだが、出来ることならこれ以上罪は重ねたくはない。


「今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ。ほら、シスターが起きる前にさっさとあーしが言うこと覚えな」


 どうやら悪魔に自分の考えていることを読まれてしまったらしい。


 そして拒否権も無いようだ。


「すみませんキュエル、しばらく痛みを我慢してもらうことになりそうです」


(私は大丈夫ですから。ご主人様からの折檻でこれくらいの痛みにはなれてますから)


 健気にそう言うキュエルに、痛ければ痛いと言って良いと言ったばかりで痛みを我慢させる自分がとんでもない外道な気がしてくる。


 ともかく、成り行き上、仕方なく、嫌々ながらも、こうするしかないので悪魔の言葉に耳を貸すことにした自分は、慣れない嘘をつけるように懸命に悪魔の作った話の筋書きを覚えるのであった。


「イレイナさん、イレイナさん、起きて下さい」


 裏工作が終わったので、自分はイレイナを起こす為に体を揺さぶる。


 すると、イレイナはゆっくりと目を開けた。


「あれ、キュエルさん? 私どうしてこんなところで眠って」


 自分がどうして気を失っていたのか分からないイレイナは、起き上がりながら周囲を見渡し、答えを知ったようだ。


 木にぶつかったような姿勢で絶命しているイノシベアと泥と血に塗れたキュエル。


 気を失う前の記憶を呼び起こすには十分な材料だったのだろう。


 途端、イレイナはキュエルに肩を掴みながら舐め回すように全身を見る。


「貴女イノシベアに飛ばされてましたよね? ああ、やっぱり酷い怪我を! 直ぐに村へ戻って神父様に見て頂かないと。そ、そうだ、あのイノシベアは死んでるんですよね! そうで無いなら逃げないと」


 混乱からか嵐のように喋り続けるイレイナを宥めながら何が起きたのかを説明する。


 イノシベアに遭遇して動けなくなっていたイレイナを助ける為に自分は戦いナイフを目に刺すことに成功したものの、力及ばず負傷してしまう。


 万事休すと思い死すら覚悟した時、イノシベアが自分目掛けて突進して来た。


 辛うじて避けることに成功した際、イノシベアは勢い余って気にぶつかった。


 幸運にもその時、目に刺さったままだったナイフがより深くまで刺さりそれが致命傷となったのか、イノシベアはそのまま動かなくなった。


 無論この話は作り話ではあるのだが、全てが創作というわけでは無い。


 悪魔曰く、誰かを騙すときは少しの真実という骨に嘘で肉付けすることが大切であり、そうすることで話に真実味が帯び、相手は信じやすくなるらしい。


 嘘という肉だけでは崩れてしまい、必ず話に綻びが生まれるのだとも言っていた。


 人を騙すコツなど別に覚える気はなかったが、得意げに悪魔が語るのをついつい聞いてしまった。


 話し方は独特でふざけているが、何故か引き込まれてしまったのだ。


 恐らく聖職者すら誑かすと嘯いていたのは、案外本当なのかもしれない。


 天使である自分すら、無意識のうちに悪魔の話に耳を傾けていたのだから。

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