第9話

 掲示板には市民たちから寄せられた様々な仕事の依頼が所狭しに張り出されていた。


 代行者制度が施行されてから幾星霜、代行者の仕事は行政サービスの枠を超えた仕事まで舞い込むようになったらしい。


 今掲示板に張り出されているのも護衛などの定番な仕事からペット探しや雨漏りの修理と言ったものまで混在しており、仕事を探す他の代行者たちもどれにするのか決めかねているようで、皆一様に目を皿にして自分が得意とするものや割りの良い仕事を探しているようだ。


「うーん、どうしましょうか。簡単なものは報酬が低いですし、高いものは技術がいるものや時間がかかるものばかり。悩ましいですね」


 思わず渋い顔をしながら自分も同じように目を皿にして仕事を探す。


 ある程度はジャンルや報酬、拘束時間で纏められているのだが時折何故そこにあるのか分からない、恐らく貼った職員のミスか仕事が雑だったのかが原因であろう仕事が混ざっていることが自分の頭をより惑わせる。


 それと、こんなことを言えばまた悪魔に真面目だなんだと言われそうだが、きちんと依頼書を整理したい衝動に襲われてしまい、それを堪えているせいで余計に考えが纏まらない。


「こんなのやっぱ時間のムダムダ。あーしに任せなって、その辺の金持ちの家からバレないようにパクってくるからさ」


「私の翼が白いうちはそんなの認めません」


 これだけ人がごった返す場所で無理やり体を奪い取って余計な騒ぎを起こすことは悪魔も望まないようで、嫌そうにしながらも彼女も何か無いかと掲示板に張り付き仕事を探し始めた。


 ちなみにキュエルは文字が読めず戦力外なので、二人の邪魔をしないようにと静かにしている。


 あれでもない、これでもないと自分と悪魔は小一時間ほど掲示板と格闘してようやく代行者としての初仕事を決めた。


「これならば私たちの知識は使っても力は左程使わなくとも出来るでしょう。報酬も手間を考慮しても妥当ですし」


「そだねー。てかもうあーしはなんでも良いわ、疲れたし」


 良い仕事を見つけ出せたと満足げな自分に比べて、悪魔はげっそりと疲れ果てていた。


 霊体とでも言うべき状態では疲労や空腹感などの類を一切感じないはずなのだが、慣れないことをしたせいで精神が疲れてしまったようだ。


 自分は書類仕事にも慣れているので、一時間そこら書面とにらめっこしたところで微塵も疲れを感じない。


(あの、どんな仕事なんですか?)


「薬草採集の手伝いです。帝都を一時離れることになりますが、今の私たちにとってはその方が都合がいいでしょう」


 依頼人は帝都から馬車で一日ほど走ったところにある小さな村の教会のシスター。


 村で必要な薬の原料が不足している為、森での採集に人手を欲しているらしい。


「数日間は拘束されてしまいますが、その間の食事と宿は報酬とは別途用意してくれるそうなので余計な経費が掛からないのが実に素晴らしい」


 仕事にかかる経費は協会が負担することはなく、基本的には依頼者か代行者が負担するのでその辺りも考えて仕事を選ばないと赤字になることも珍しくはないのだ。


「とりまそれ、明日出発なんだしさっさとショッピングでも行こーよー」


 退屈に耐えきれなくなった悪魔がついに空中で幼子のような駄々を捏ね始めた。


 誰にも見えないからと言って、よくもまああんな恥も外聞も掻き捨てたことが出来るものだ。


 いや、彼女なら大衆の面前でもやりそうではあるが。


 兎にも角にも決めただけでは話は進まない。


 決めた仕事の依頼書を掲示板から剥がして受付へと持っていき、正式に受注する為の手続きを踏まないといけないのだ。


 それこそ仕事を受注出来るかどうかは早い者勝ちなので、延々と駄々をこね続ける悪魔の相手などしている場合では無い。


 そんなイージスの危惧とは裏腹に、薬草探しの依頼書は依然掲示板に貼られたままで、何なら誰一人として見向きもしない有り様だ。


 不思議に思い、依頼書を確保した自分は少し周りを観察すると直ぐに理由が分かった。


 人気が集中し、ものによっては取り合いの様相を呈している仕事はどれもこれも帝都内か、遠くても日帰りで帝都に戻って来られる距離の場所での仕事ばかりなのだ。


 恐らくここに来る者のほとんどは帝都に生活基盤を築いているのだろう。


 それならば、帝都から数日離れるような仕事は敬遠されても致し方ないのかもしれない。


 仕事の依頼を出しても中々受け手いないでろう依頼主には悪いが、自分たちのような宿無しに近い状態の者にはある意味旨味の多い仕事が残っていると言っても過言ではないだろう。


 実際はイージスが考えるような理由だけではなく、帝都から離れている間により良い仕事が出てきては損と考え、短期の仕事を選びがちになるという天使には些か想像しにくい下世話な理由も存在しているのだが。


 依頼書を受付に持っていくと、これまたあっさりと受注の手続きは済んでしまい、いよいよ持ってここにいてもやることのない自分たちは外に出ることにした。


 外に出ると太陽は真上に来ており、組合でそこそこな時間を過ごしていたのを実感しながら大通りへと歩みを進める。


 昼食時のせいか、飲食物を扱う露店や店の呼び込みがやたらと耳に入る。


 食欲とて欲望には変わりないので、暴飲暴食や豪華なものばかりを食したりすることは天使として忌避すべきところではあるが、適量ならば問題は無いし、たまにであれば少しばかり豪華な食事をするのも良いだろう。


 それに帝国では文化として日に三度の食事が当たり前なため、寧ろ食事すべきなのだろう。


 狂気大戦の後、大陸全土で食糧不足が危惧された。


 人口が減れば食糧生産率も落ちるのだから当然な考えと言える。


 だが、不思議なことに一、二年もすれば食糧は不足するどころか倉庫に有り余るほどの余裕が出来た。


 理由は簡単、人口が減り過ぎたせいで消費が供給を上回ってしまったのだ。


 そこで当時の帝国は日に三度の食事を推奨した。


 そうすることで食糧事情よりも深刻な問題、停滞していた経済を少しでも改善しようとしたのだ。


 それ以前は貴族などならば間食も含めて一日の食事回数はそれなりに多かったが、庶民は違う。


 余程裕福な者でもなければ一、二度がせいぜいであった。


 しかし全国民の食事回数を増えれば金銭のやり取りも増える。


 少しばかり乱暴で粗雑な政策と思われたこれは食糧価格が下がっていたのも手伝い国民にすんなりと受け入れられた。


 しかも案外効果を発揮し、停滞を打ち破るとまではいかなくとも、それなりには効果を発揮した。


 その後、理由は殆どの国民が忘れ去ってしまう位に時が経っても日に三度の食事はすっかりと文化として馴染み、帝国では朝昼晩としっかり食事を摂る者が多いのであった。


 そんなわけで食事はするべきだ。


 郷に入っては郷に従うべきなのだから。


 別に自分が食事をしてみたいとかそう言うわけでは決して無い。


 爪の先程もそんなことは思ってはいない。


 何故だろう、背後で悪魔が不敵な笑みを浮かべている気がするがきっと気のせいだろう。

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