第10話

 訳が分からない。


 これは夢かはたまた幻なのだろうか。


 自分は昼食を食べる為に大通りを散策していた。


 キュエルがまた何を食べるか迷いに迷い、結局決め切れなかったので地理の把握も兼ねてのんびりと歩いて食事が出来る店を探していたはずだ。


 それなのに、気づけば両手いっぱいに食べ物が握られていたのだ。


 何かの肉を串に刺して焼いたがっつりとした物から小さなリンゴを飴でコーティングしたお菓子までバラエティー豊かなラインナップは一目見るだけで食欲が湧きたつ。


「こ、これはどういうことなの! まさか悪魔、貴女の仕業ですか」


「ふっふっふっふ、バレては仕方ないな。そう、あーしの仕業さ! ……ってそんな訳ないっしょ! アンタが勝手に露店の匂いに釣られてフラフラ寄ってってバカ買いしたんでしょうが!」


 最初、リリスはイージスを唆して贅沢をさせ、それを弄ってやろうと考えていた。


 だが、リリスが唆すまでも無くイージスは勝手に好き放題露店で買い物をしたのだ。


「アンタ、散々あーしに偉そうなこと言っといて自分こそ贅沢しまくりじゃん」


 悪魔の指摘に自分はがっくりと項垂れながらもお肉を一口。


 少し癖のある肉に辛みが強いスパイスがよく合っている。


「いや、人が話してる最中に食うなし食いしん坊天使」


 誰が食いしん坊だと反論したかったが、口の中を占拠するリンゴがそれを許さなかった。


 少し酸味の強いリンゴにくどいほどに甘い飴がよく合う。


 ずっと口をもごもごしている自分に悪魔は頭を振る。


「……こりゃ駄目だ。欲望に一切耐性無いとこーなんのね。まあ、悪魔としては天使が欲望に溺れるのを見るのは面白いから良いけどさ、それ以上買うのは止めときな。キュエルっちのお腹がザコ悪魔と同じになっちゃうから」


 新たな香ばしい匂いに釣られそうになっていたが、呆れた顔の悪魔の忠告にどうにか思い留まることが出来た。


 悪魔に欲望を止められるとは我ながら何と情けない。


 せめてもの救いは、久方ぶりの甘味を口にしたキュエルが喜びに打ち震えていることだろうか。


 とにかく手に持っている分は食べきらないといけないので、自分は食物に感謝しながら次々にたいらげていった。


 どれこれも味が良く、人間の食への探求心へ敬意を払うべきなのか食欲に忠実なことに警鐘を鳴らすべきか悩ましいところだ。


 両手いっぱいに持っているせいで食べ辛いことこの上なかったが、どうにかこうにか食べ切った辺りで腹部に違和感を感じた。


「な、何だかお腹が苦しいです。もしや病気なのでは……」


(天使様、多分ただの食べ過ぎだと思います)


 遠慮がちなキュエルの言葉にはたと気付く。


 確かに自分は色々と買い過ぎ食べ過ぎではあるが、キュエルくらいの年ならばまだまだ成長期なのだから食べられるはずだ。


 しかし、キュエルは普通の環境で育ったわけでは無い。


 奴隷だった彼女は満足に食事を与えられておらず、体がその量に慣れきっている為に胃が小さいのだ。


 それに気付かず自分は欲望に溺れて考え無しに色々と買って全て食べてしまった。


 思慮不足な自分が情けない。


「すみませんキュエル、貴女の体に無理をさせてしまいました」


(そんな、謝らないで下さい。色んな美味し物を食べられたので嬉しかったです)


「いや、ちょっとは反省しないとダメっしょ。とりまあーしと変わりな、このままじゃアンタまた匂いに釣られかねないから」


「分かりました。では、そこの物陰で」


 この時、悪魔の恐ろしい企てに気づくべきであった。


 しかし、自分は暴走してしまった負い目もあってすんなりと悪魔に変わってしまった。


 そもそも体をキュエルに返せばいいだけなのだから何も悪魔と変わる必要は無いと言うのに。


「クックックックック、フハーッハッハッハッハ。この体は頂いたぞおマヌケ天使! さ~らばだ~!」


 おマヌケ天使と変わったあーしは一目散に人込みに向けて走り出す。


 互いに上から極力人間界では目立たないようにと言われている。


 だからこうして人目に付く場所に出てしまえばおマヌケ天使はおいそれとあーしからキュエルっちを取り戻す為に体に入ることが出来ないのだ。


 キュエルっちの見た目に影響がめっちゃ出るあれは目立つから。


 おマヌケ天使から逃げながらあーしは目を皿にして目的の店を探す。


 大通りにあるのは何も飲食店ばかりではない。


 土産物屋に骨董品店、それに日用品を扱う商店や何を売っているのかよく分からない不思議な店。


 意外と直ぐに見つけられないことにちょっちイラつきながらも人込みをかき分け進んだあーしは遂に目的の店を見つけた。


「あった! これでダッサい服ともおさらばだし!」


 あーしはやっと見つけた服屋に飛び込んだ。


「い、いらっしゃいませ」


 勢いよく入店して来たあーしに店員のお姉さんは驚いたらしいが、引きつりながらも笑顔を浮かべて挨拶してくれる。


「さてと、あーし、じゃなくてキュエルっちに似合う服選ぼっと」


 鼻歌交じりに吊られている服を物色し始めるあーしにオマヌケ天使は悔しそうに歯嚙みしながら睨んでくるがスルーする。


 いつも通り小言を言いたいんだろうけど、自分が無駄遣いしてしまったのが負い目になっているのか言うに言えないのだろう。


 あーしなら自分のこと何か棚上げしちゃって好き放題言うけどね。


 気を取り直して服選びに戻る。


 店の外観通り、若者向けの物が多いのだが、中々どうしてあーしのセンスにビビっとくる服が無い。


 可愛い系からクール系まで色々あるのだが、どれもこれも露出度が低い。


 せっかくのあーしの魅惑ボディを隠すような服は着たくないのだが、店中の服を身終えたところでやはりビビっとくる物は無かった。


 流石に他の店に行くのはおマヌケ天使に止められそうな気がしたあーしはある物で何とかしようと頭を悩ます。


 あーでもない、こーでもないと悩みながらも頭が煙が出そうなほどに悩み抜いたあーしはようやくコーディネートを決めた。


 色の薄いデニム生地のショーパンに白のタンクトップ、上にクールなレザージャケット。


 森を歩かなきゃだから靴は実用性も考えてしゃーなしでコンバットブーツ。


 トータルで考えたらこのゴツさも服に合ってるしね。


 ホントは高いヒールとか履きたいけど


 鏡でポーズを決めながらあーしはそこそこには満足して支払いを済ませる。


 思ったより高くておマヌケ天使がめっちゃ睨んでくるけど気にしない気にしない。


「森へ行くというのに足をそんなに出すのは如何なものかと思うのですが」


「えー、いいじゃん。ちょっとやそっと怪我したってアンタなら直ぐ治せんだし、ファッションは利便性より気分がアガるかどうかっしょ」


 ビシッとポーズを決めてやると、おマヌケ天使は溜息一つ、黙り込んでしまう。


 完璧では無いとはいえ、それなりに悪くない服を買えたあーしは鼻歌交じりで歩き出す。


 次はアクセでも見に行こうかな。


「それ以上の浪費は流石に許しませんよ」


 考えを読まれたあーしは体をびくりとさせながら、再び全力疾走する為の準備に入るのであった。

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