第6話 ネット上での偶然

 ブログで日記記事なんかを書いていると、やはり、自分の属性、とりわけ誇らしく感じる点について記したくなることは自然であり、私もそうでした。

 しかし、ブログでしかも魅力的な女性ブロガーが、自分の住まいだとか会社、それに家族構成などを書くのは危険な感じもします。

 しかし、ユリさんの奇妙な過去遡り記事については、具体的に自分が過去勤めていた会社や出身校、それに居住していた地名などが開放的に記されているのが特徴的だったものです。

 新婚時代に暮らした静岡市の社宅、赤坂にあるOL時代の会社、横浜の短大、新宿の出身高校、そして世田谷の出身中学といった具合です。

 それ以外にも旦那を始めとした周囲の人たちについても、当たり障りのないようにですが記載はしている。

 彼女の場合、ネット世界での交流を求めているわけでもなさそうだし、そんなに人気があったブログとも思えないから、別段、抵抗を感じることもなかったのかもしれません。

 しかし、それにしても妙に思えたのは、現在の海の見えるマンションがどこであるかだけは絶対に記さないところでして、何か大きな秘密を隠しているような感じが常々していたものです。

 奇妙な表現スタイルからだけではなく、文章自体からも、それは無言で伝わってきました。

 海辺のブログと題されてはいるものの、海面に沈む大山の、ほんの少しだけ海上に顔を出した一角だけを愛でるように描写している感じがしたのです。

 話をブログ記事に戻します。

 高校時代の思い出記事が2週間で終わり、引っ越し先の世田谷での中学時代の思い出も同じくらいのスピードで終わった。

 そして、小学生時代。

 ここで、彼女は自分の出身小学校について、具体的な学校名をあげたのです。

 それまで読み進めた彼女の略歴をもう一度まとめると、八王子市内で幼少時代を過ごした、それから小学校4年生の時に千葉県に引っ越し、小学校卒業と同時に、更に東京世田谷に引っ越してきて、両親はそこに一軒家を建てた。その一軒家で結婚するまでを過ごしたとあります。きっと、今でも世田谷の実家というのはあるのでしょう。

 どこかは知らないけれど、海辺のみえる異郷のマンションにいる彼女にとっては懐かしい故郷なのでしょう。

 そして、彼女が何ら深い意味もなく記事にアップした千葉県にある小学校。

 船橋市立松川小学校・・・。

 その学名を深夜のPC画面で見た時の私の驚愕というものは、おそらく多くの人にとっても想像を絶するような奇跡の震撼でもありました。

 それは、私の母校じゃないか。

 どういうことなのだ。これはいったい。

 ブログにおける記載から年齢を推測するに、彼女は私よりも4歳下のようです。

 ということは、彼女が4年生次に転入してきた時、私は卒業して中学に進学していたということになる。

 しかし、ほぼ同じ時期に同じ校舎で同じ空気を吸い、同じような教師に指導を受けていたということになる。

 一瞬、ネット世界の奇跡に慄然とし、全身に白い蛇が這ったかのような妙なる鳥肌を感じてしまいました。

 私の実家は千葉県の船橋市内にあり、そこで大学入学までを過ごした。それからはずっと東京郊外で一人暮らしを続けているわけでして、今でも老父母と姉夫婦とが船橋の土地で同居生活をおくっています。

 ユリさんとは一時期ですが、同じ学区域に住んでいたということにもなる。

 私の興奮はしばらく収まらず、青い棘が左心房に何本も突き刺さったような感じになり、関係のない姉にまで電話でそんな奇遇について語った程でした。

 これが独身の女性であったなら、当時彼女募集中であった私は、きっと運命の赤い糸というか神の指先を感じ、なんとか彼女にアタックをと考えたかもしれません。

 しかし、散々、最愛のダーリンとの愛と信頼の日々を読まされていただけに、それだけが理由でもないですが、私は同時に一種のタブーを身に感じたものです。

 ただ、その事実を知ってすぐに、私は初めて海辺のブログに読者登録することにしたのです。

 海辺のブログの更新情報を早く知りたいということもありましたが、読者登録することによって、彼女も私のブログに興味を抱いてくれるのではないかという淡い期待があったのです。

 さて、ユリさんの小学生日記、刮目したわけですが、これは一話ごとに一年ごと遡るわけでして、八王子から船橋まで家族で引っ越してきたという小学校4年生の頃の思い出をメインに、人生のゆりかご的な家族愛の描写が温度差を変えず伝わってきました。

 そして、そのまま一挙にそれ以前の幼女の時代へと遡っていきます。

 最後、つまりもう描ききれない人生の最初に至ったとき、このブログはどうなるのだろうか、私は、なんとなくある種の怖い感情を得たものです。

 しかし、半年以上もの間、熱心に読み進めてきただけに、この海辺のブログの最後の結末が気になって仕方なかったものです。

 そして、コートの襟に白い寒さが漂う、本格的な冬の到来を告げる時季、彼女はとうとう最後、小学校入学以前の記事をアップすることになります。

 幼稚園時代の思い出を幾つか挙げ、遂に最後の記事、人生におけるファースト・メモリーということなのでしょうか。  

 非常に印象ある記事をアップしてから、一切の更新がなくなるのです。

 ユリさんと、そしてこの奇妙なブログの存在に対する私の熱い推理が始まり、そして挫折するのは、彼女がネットに発信した、その最後というか人生最初の記事を読んでからということになります。

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