第3話 過去、自分語り
2005年のゴールデンウィークに、生成しては消える星屑が舞うようなネット宇宙で偶然発見したユリさんのブログですが、記事内容は、どんどんと本当に短いスパンで心地よいくらい正確に彼女の過去へと遡っていくわけです。
確かに、彼女の記事内容には、当時のエピソードが明るく面白く描かれており、そしてほろ苦い真珠のような文章が散りばめられているのですが、日々が進むにつれ、どんどん過去へと遡っていく不思議さに、私は彼女のブログ内容とは別のところで興味を抱いたわけです。
なんか変だよな。
その年の夏ごろには、旦那との運命的出会い以前の頃へと話は進んでいました。
進んでいたというのも妙な言い方です。
私は当時非常に忙しい身で、一週間というものが光速のように過ぎていく気がしており、一週間後に彼女のブログを読んでみると、まさに光速のスピードで数年前へと逆行している。
なんだか、彼女のブログ記事に夢中になるにしたがって、自分自身が未来と過去の錯綜の中に、こんがらがった糸をみるような気がしてきたものです。
そういう妙なる法則性が、もはやはっきりとわかるようになってきたのとは別に、記事内容自体はホントに素晴らしかったことは何度も説明するとおりです。
とりわけ旦那と出会う前から入社時までの記述は、OLの心理状態やらを巧みに記した感があり、秀逸なエッセイを読むような感じがしたものです。
たとえば、OL時代の思い出の記事として株主総会についてのものがありました。
総務課に所属していた彼女は、その事前準備に忙しく、紛糾の総会でもなければ時代的に総会屋の存在も消失していた時期だったけれど、とても緊張した。なぜか法律上もきわめて重要な株主総会というものに自分も関与していたという事が今になって懐かしくてならないという風な文章で綴ってあるのです。
その話の続きは、初めて目撃した実際の株主総会についてのものになるのかなと思うのが普通なのですが、話は遡り、入社一年目の新人研修で出逢った親友との話へと進み、どうも万事が小前提から大前提へと進むような気もして、これは新しい表現スタイルのひとつなのかなと思ったほどでした。
お盆休みが過ぎ、いつの間にか夏休みも終わり、改めて歳月の速さを実感する頃、ユリさんのブログ記事を覗くと、話はいつの間にか入社式当日の話へと進んでいました。
どうも、つなぎ合わせて読んでみると、彼女の場合、旦那とゲレンデで出会うよりも以前の記述、ブログ進行的には以後の記述ですが、その方が生き生きとしているような気がしたものです。
旦那とのラブラブモードよりも恋人がいないOL時代の記述の方が、弓矢の的を射るように、読む者の心によくヒットするような感じがしたのです。
事実、ゲレンデでの出会い以前に、旦那は記事内容に一切登場しなくなります。
もしかして、旦那さんと仲が悪くなったのかな、それで心を病んだ彼女は、懐古趣味に走ったのだろうか、私はそんな邪推をしてみたものです。
ここまで読んでわかった彼女の人生を、ブログ記事とは逆さまにして紹介してみます。
彼女はどこで生まれ育ったのかはわからないが、20歳の頃、東京は赤坂に本社のある名の知れた企業に就職したようだ。
記事の中で、自分の属性にまつわる具体的地名を現わしたのは、そのときが初めてでした。
初めての社会人生活、彼女は東京メトロ赤坂見附駅から会社まで通いTBSビルやベルビー、それに日枝神社や高級料亭を庭にしたかのような街で、楽しい独身OL時代を過ごしていたという。
駅前のフィットネスクラブに通い、同期の仲間と評判のイタリアンで夕食をとったり、部長にホステスが居並ぶ高級クラブに連れていってもらった思い出などが記されていました。
そして、25歳のとき、同期の仲間たちで秋田県へスキーに行った。
そのとき、偶然ゴンドラで乗り合わせたのが、他の男性グループで来ていた、その後一緒になる旦那だったという。
交際1年でのスピード結婚。26歳で寿退社。旦那は一つ年上。
結婚後すぐに旦那の転勤により、静岡県の社宅で2年間を過ごす、甘い新婚生活というよりも、将来の家庭建設というものに二人設計図を書くような生活を送ったことが楽しかったというような記述がある。
それから後、今このブログ記事を書いている海の見える地に引っ越してきたという。なぜか、その地については具体的な記載はいっさいない。
なぜ、今自分が住んでいる土地について、そこがどこであるかを頑なまでに記さないのだろうな。
なんとなく文章の流れから、意識的に今住んでいる具体的な地名を記事に挙げたくないような意志が察せられもしました。
それだけが疑問でしたが、彼女の20歳から今までの人生行路をみると、本当によき凡人というか典型的なお嬢さんというか、ステレオタイプをみるようで、なぜかクスリと頬が緩んだものです。
しかし、男も女も人生に波乱を起こさないことこそが幸の根源なのだろうなと感じたりもしたものです。
それから、しばらく彼女の更新はお休みになります。なにか忙しいことでもあるのかな、そんなふうに思ったものです。
何度も言いますが、当時の私は本当に忙しかった。しかし、光陰矢の如く待ってくれない歳月というものに、言語に表出できない不安感というか焦燥感を抱いていたのも事実です。
自分自身、何ら満足のできる自己実現が成されないまま、気づいたときには老人になってしまっていたということに漠然とした不安を抱いていたというのが当時の正確な心理状態だったと思います。
錦繍のような紅葉が徐々に風景に溶け込むようになる秋の時節です。
久々に更新された彼女のブログに目をやるや、いつの間にか、今度は彼女の短大時代に話が進んでいました。
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