第2話 奇妙な日記の法則
私が2005年5月の連休時、星の彼方の偶然でたどり着いたユリさんの平凡な主婦日記。
毎日の更新ではなかったな、多くて週に2,3回でした。
白い瀟洒な背景画面に花壇のバラが、毎回コチラを微笑みます。
明るい奥さんなのだろうな、それは書いている内容や文体から察せられました。
絵文字をふんだんに使い、ユーモラスな語り口に加え、時々、マンションのベランダからみえる海の風景・・・。
行間に漂う潮風には、なぜか帰ることができないセピア色の寂寞と郷愁とが入り混じり、無言で私の胸中に染み入ったものです。
硬軟相混ぜた文体に特徴がありました。
しばらくして、彼女の独身時代最後の頃の思い出について触れていたわけですが、これは旦那との挙式が決まり、上司や周囲の同僚に報告したときの思い出話です。
最初に直属の上司に寿報告をするあたり、そこには受験の合格発表を担任教師に伝えるような嬉しすぎる緊張感に包まれていたと表現していました。
彼女は、どうもどこか大手企業の秘書のような仕事をしており、26歳で退職したことがわかります。
今では少々死語になりつつありますが、寿退社・・・。
その言葉が歳若い女性にとって、どういう意味を有するのか、女性の視点からしみじみと語る文調に吸い込まれる私です。
そして一番仲のよかった親友でもある同僚に、レストランでワインとペンネを楽しみながら報告したときの話・・・。
ユリさんが新しい人生のステージを歩まんとする旅たちへの感動と、同時に彼女が会社からいなくなってしまうという索漠さとで、途中、その親友が泣き崩れた話を読み終えたときです。
きっと彼女はどこにいっても人気者だったのだろうな、そう思ったわけですが、ふとその記事を読み終えて気づいたことがあるのです。
んっ・・・?
慌てて、私は、彼女のブログ記事をあらためて最初から読み直すことにしたのです。
2005年の5月に初訪問したわけですが、それよりも数ヶ月前、正月過ぎの頃から、ユリさんの「海辺のブログ」は始まっていることに気づきました。
最初は現在の生活、つまり、どこだかわからないけれど、最愛のダーリンと二人だけで送っている楽しい生活を中心に現在進行形で記されており、それから、昨年の旅行、さらには転勤でこの地にやってきたことと話は遡っているわけでして、今は結婚前の独身時代最後の頃に触れている。
どうも、彼女の話は、日々が進むにつれ、過去に遡っていることに気づいたのです。
確認すればするほど、これは見事に正確に人生における印象深い出来事を中心に、どんどん過去に遡っている。
旦那との現在の楽しい生活→数年前の旅行の思い出やデートの話→さらにその前、旦那の転勤で海がみえるマンションに引っ越してきたこと→新婚時代、静岡で初めて形成した家庭というものの緊張的思い出など→みなに祝福されたウエディングベル。
そして、今回はその挙式数ヶ月前の職場最後の頃に及んでいるわけです。
私は興味深く次の記事を待ったものです。
すると案の定、今度は旦那との出逢いの地でもあるゲレンデでの恋に触れているわけでして、話はどんどんと絶対それから未来へとは向かわず過去へと進んでいくわけです。
ゲレンデでの恋は、偶然にゴンドラ・リフトの中で出くわした旦那との運命を、やはり自分の愛だけは特別のものだと思いたいのでしょうか。
こんな風に表現していました。
頂きに向かうそのゴンドラをもし自分たちのどちらかが乗り過ごしていたら、今の自分たちの生活はなかったという線のような因果の流れ、それは顧みるに窓の向こうの雪化粧に見えた神の指先がそっと優しく私たちに触れてくれた結果であるような気がする。
情景が目に浮かぶような文学表現で綴っているわけです。
旦那と出逢った時期のことについては、やはり他の部分よりも詳細に記事にしているものの、話は更に過去に進み、やがて、旦那が彼女の人生に登場しない時代、つまり、社会人になって数年目から入社式の頃へと逆行します。
なんなのだろうな、普通、自叙伝のようなものを書くとしたら、生まれたときから現在に向かって進めるのが定跡だろう。
そして、彼女のブログ記事というのは、硬軟相混ぜた文調ではあるが、基本的には、さもありなんとした日記風のものでして時にはコメディタッチに話を進めている。
よくわからないけれど、今後、ますます彼女が過去へ突き進むのはわかるわけでして、私は最後まで注目してみようと思ったのです。
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