海辺のブログ
@suzuki1017
第1話 世にも奇妙な日記ブログとの出逢い
私が世にも奇妙な専業主婦の日記ブログに出逢ったのは、もうふた昔も前のことですから2005年当時のことになります。
ブログの歴史はSNSのそれよりも古く、情報発信ツールとして日本国内において爆発的に流行しだしたのは2004年の頃であり、その後、日本では2000万人以上のユーザーを博したミクシィをはじめ、ツイッターやフェイスブック、それにインスタグラムなどがSNSツールとしてスマートフォンの普及とともに台頭していくことになります。
今では、手軽なスマートフォンによる情報発信としての観点からも、SNSツールに比しブログは時代遅れだという向きもいますが、どうなのでしょうか。
確かに昨今ブログ人口は減少しており、有名人や著名人ブログ、それに会社や個人事業主による広告宣伝的ブログを除けば、純粋な個人の日記的ブログは揺籃期に比べ、激減しているのは事実だと思います。
しかし、私が趣味でブログを開設した2005年当時は、個人による趣味の情報発信やら日記形式のブログが現在とは比べものにならない程多かった、そして本当に熱かったものです。
確かにSNSに比べるとコミュニケーションや情報発信に不便な点は否めないけれど、そこでの人的交流というものは今顧みるに牧歌的雰囲気を有しており、過ぎし佳き日に帰りたいというような感傷を覚えることもあります。
そのブログ揺籃期、私が体験した世にも奇妙な体験談をこれから赤裸々に語っていきたいと思います。
ブログを開設して半年くらいしてからのことですから、2005年のゴールデンウィークの時期だったと思います。
当時の私は、少年時代から夢見ていたことが疑似的ではあるが実現したかのような錯覚にとらわれていたものです。
どういうことかというと、ブログで小説を発表するという行為に寝食を忘れて夢中になるあまり、なんだか自分が本当の小説家になったような気がしてきたのです。
30数年間の人生で、意識的な部分だけではなく、無意識的にも貯蓄していたような心の中の朧月夜が、どんどん姿形を整えてはブログ記事の中で暴れ出したのです。
人気ランキングが上がったり、読者が増えたり、そして肯定的なコメントをもらったりすると、それだけ、私は水を得た魚のように一層のブログ小説執筆に熱中していったのです。
さらに、私は三度の飯より読書が好きで、その延長線上で他の日記ブログや小説ブロガーの元を訪ねてはネット上で知己を得たりすることもありました。
百花繚乱のごとく夜中に咲く電華の森をさまよっていたものです。
さて、そんな私ですが、終生忘れえぬような不思議な体験をすることになったのが、2005年5月の連休のことだったのです。
それは一つの平凡なる主婦の日記ブログとの出逢いでした。
創作の構想に疲れ、気休め的にブログサーフィンをしていた私は、或る女性ブロガーによる平凡な日記ブログにたどり着きました。
「海辺のブログ」
そんなタイトルを冠した女性ブロガーによる平凡な日記ブログでして、寿命が短かったな、一年位続いて、今じゃ無限のネット界の雫と化した、つまり退会してしまい、私との一瞬の邂逅はまさに長い人生の一点だけだったわけです。
しかし、今でも時々思い出すのには、それだけ脳天を強烈にハンマーで打ちつけられた印象があるからなのです。
この方のハンドルネームは、ユリさん、30代前半の専業主婦です。
ほとんど他のブロガーとの交流はなく、二人のプライベート、これは変な言い方ですね、現実世界の女性1人、男性1人の仲間だかがよくコメント欄に現れていただけです。
だから、特段読者数やアクセス数を増やそうという意志はみて取れず、現実での少数の人との交流をネット社会にも延長したような感じで、ネットの大海にあっては深海の石裏でひっそりクスクスと笑っているような感じでした。
私が初めて訪問したときに目撃した記事は、ひとつ年上の旦那との仲睦まじいラブラブ報告のようなものばかりで、思わず自室のPC前で微苦笑を浮かべたものです。
ただ、現実社会で交流があるかのような方が少ないながらもみている様子なので、エッチな話は一切なく、ただ、一緒に買い物に出かけたとか恋人時代に帰ったかのように休日公園で遊んだなんていう単純明快な記事ばかりが踊っていたものです。
すぐにスルーしようかと思ったのですが、私が注目するようになったのは、その進行時点より一年前の夏休みの思い出話を読んでからです。
ユリさんは、その年の夏休みに、旦那と彼の母上との3人で鹿児島県の古里温泉へ行かれたようで、そこでの豊饒な描写に興味を抱いたのです。
偶然なのですが、古里温泉というのは、私も近々行く予定の地だったのです。
ブログには桜島港の雄大なシーンや桜島の南側に広がる温泉街の写真が綺麗に並んでおり、また林芙美子ゆかりの地ということもあって、その文学碑の写真もアップしており、いたく気に入ったものです。
それらの風景画像と軽妙洒脱な魅力的な文章から、私は少しだけユリさんのブログに注目することになったのです。
そして、それ以外にも旅行が好きな方のようでしたので、いろいろと旅の話が満載されており、私の気を惹いたということです。
ユリさんがどこに住んでいるのかは一切わかりません。
わかりませんが、旦那と7、8年前に結婚し、子供はいないので、今は二人で窓辺に海のみえるマンションで生活しているということがわかりました。
見知らぬ地での二人だけの生活、まさに二人の世界が幸せいっぱいに電波を通して伝わってきたものです。
仲が良くて羨ましいかぎりだな、異性の私でさえそう思う程なのですから、独り身の寂寞な女性がみたら、どう思ったのでしょうかね。
でもね、文章というのは不思議なものですね。
これだけ幸せそうな愛と経済に恵まれた、専業主婦の日記記事の中に、なんというのでしょうか、時々隙間風のようなものが流れることがあり、そういう紙一重のセンスが、私の気に入るところとなり、頻繁に訪問するようになったのだとも思います。
なんなのだろうな、この哀愁というか郷愁というか、幾層もの布団に重ねられた最後の一点にある冷たいもの・・・。
やがて、私は、時々、行間に漂うその冷たい風が海風であることに気づきます。
どういうことかというと、時々、ユリさんがね、マンションの窓辺から海をみるときに語る感想、そこに詩人のような研ぎ澄まされたセンスを感じることがあったからです。
別段、何か特殊な秘密を隠しているという感じでもなかったのですが、どうもその辺に文才というか詩趣のようなものを感じ、読者登録も何もしなかったけれど、徐々にユリさんのブログが気になりだしていくのです。
初めて訪問して、しばらくしてからだったかな、今度は独身時代、ユリさんのOL時代の思い出話がアップされており、私は、そのあたりからですね、この明るいけれど平凡な主婦の日記ブログには、非常に奇妙な法則があることに気づいたのです。
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