エースくん
夜桜モナカ
第1話
「う、うわぁ!!」
バタン!
派手に転んで、抱えていた本が生き物のように広がった。
少しだけ肌寒くなるのが分かって、私は慌てて体を起こした。
「大丈夫ですか?」
後ろの方からそんな声がして、気が付くと一人の男性が本を拾い集めていた。
「す、すみません……!」
私は何度も頭を下げながら、手を動かして本を集めた。
「怪我とかは……無いですか?」
本を拾った後、男性は私に優しく声をかけてくれた。
「すみません、ありがとうございました」
本を受け取って、私は深く頭を下げる。
「いえいえ。では、僕はこれで」
男性は優しく爽やかな表情をして、颯爽と立ち去っていった。
……その時、ふと思い出した。
(エースくん………………?)
「エースくん」というのは、私の中学時代の同級生のこと。
本当の名前は「
クラスの中だけではなく、学年の人気者……それだけではなく、先輩や後輩からも慕われていた。
彼は、優しくて穏やかで爽やかで真っ直ぐで……どこか繊細な人だった。
あの時の私なんて、まだまだ弱くて、いつも泣いていた。
いつも独りで、それが寂しいって分かってるのに、友達を作ろうとはしなかった。
それは、単に人見知りだったり、裏切られるのが怖かったりしたから。でも、受け入れたくなくて、「孤独であることが私のステータスだ」なんてカッコつけて強がっていた。
ずっと頑なになっていた私だけど。
「大澤さん! お願いがあるんだ。もし良かったら、一緒に文化祭のポスターの絵、描いてくれないかな?」
そう声をかけられたのが、最初だった。
「大澤さんって、絵を描くの上手でしょ? だから、ぜひ描いてほしくって! この前も黒板にウサギの絵を描いてくれたよね。僕ね、あの絵が可愛くて好きなんだ」
それを聞いた時、一番最初に感じたのは”驚き”だった。
確かに、黒板にウサギの絵を描いたのは、私だ。
だけど、描いていた時、教室にはほとんど人がいなかった。だから、ウサギの絵を描いたのが私であることなど、誰も知らないと思っていた。
それなのに、彼はちゃんと気づいていたのだ。ちゃんと見ていてくれたんだ。そして、今『好きなんだ』と言ってくれた。
……私は少し照れてしまっていた。
彼に誘われて、私は何人かの人が集まる机へと入っていった。
集団行動は昔から苦手だったから、怖かった。
でも、彼は私のことかなり気にかけてくれて、困った時に声をかけてくれたり、仕事を丁寧に教えてくれた。
おかげで、落ち着いて作業することができた。
それから彼と仲良くなった。周りの人と同じように、彼のことを「エースくん」と呼び始めた。
お互いの趣味を話し合ったり、イラスト対決したり……すごく楽しかった。
困っていることや悩んでいることを、最後まで聞いてくれたし、彼の優しさには何度だって救われた。
彼を通して、クラスメイトや様々な先生とも仲良くなれた。
だけど、ある日……私は見てしまった。
放課後の誰もいない教室で、彼が一人で泣いていたところを。
どうしようか、すごく悩んだ。悩んだ末に、私は彼のところへ駆け寄ろうとした。
足を一歩だけ踏み出した時、彼は顔を隠して、半分走って教室を立ち去った。
後になって、知った。
彼は、ごく当たり前に存在する影の如く、全く目立たない形でいじめられていた。
学年の人気者、先輩や後輩からも慕われていて、優しくて、誰とでも仲良くできる……彼は、そんな誰もが憧れるようなものを持っていた。
一部の人は、それに嫉妬していた。
彼の、真っ直ぐで繊細な個性で弄んでいた。どうにかして『人気者』から引き摺り下ろせないものか、と喋っている人もいたようだ。
……一度だけあった。卒業式が近づいてきた頃だった。
彼に嫉妬した人たちが徒党を組んで、彼をいじめてきた。
筆箱を壊して、机に悪口を書き込んで、教科書を破りさいて……
それを、皆んなで必死に止めた。彼と一緒に過ごしてきた仲間が、全力で立ち向かった。
私も駆けて行った。怖かったけど、いじめられることには多少慣れているつもり。私も、皆んなと一緒になって止めた。
彼の良いところも欠点も知り尽くして仲良くやっている人たちが、彼の欠点しか見ていない人たちに負けるはずがない。
大騒ぎになったけど、被害がこれ以上拡大することもなく、この暴動は終結した。
いじめっ子たちのいる隣のクラスで、大説教会が起きていたのは……少しだけ覚えている。
「皆んな、本当にありがとう……」
そう言った彼がその後わんわん泣き出して、皆んなで背中を摩りあった。
卒業して、彼とは別々の高校に行ったけど。
私の通う高校で、彼と同級生だった人たちがよく彼のことを話題にしていた。
私も一緒になって話していた。
……そんな彼のことを思い出していた時、目の前にあの男性はいなかった。
あの人は、エースくんだったのだろうか。少なくとも、よく似た雰囲気があったけど。
彼のようになりたい……そんなことを思う日もあったな。
これからも彼のように人と接していこう。
また会えると良いな、エースくん。
エースくん 夜桜モナカ @mokanagi-b21
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