第140話 奥州から関東で

 史実においては、永禄四年(西暦一五六一年)の年明けに、長尾景虎は兵を興し、上野国から武蔵国へと攻め入っている。二月には鎌倉を落とし、三月には北条氏康が籠城する小田原城を包囲するに至る。その際には、宇都宮広綱、佐竹義昭をはじめとする旧上杉家家臣団も挙兵し、総兵力は一〇万に達した。この背景には、織田信長が関係している。桶狭間の戦いによって今川義元が討死したため、甲相駿三国同盟に綻びが出たことが、長尾景虎を決断させた。

 北条氏康は小田原城に籠城するが、蓮池門が破られるなど徐々に追い詰められる。だが巨大な堅城である小田原城を一ヶ月で落とすことは、さすがの長尾景虎でもできなかった。長期の出兵を忌避した佐竹義昭の離脱や、武田信玄の川中島出兵などにより、北条をあと一歩まで追い詰めたが、撤退せざるを得なくなったのである。このとき、もし北条を倒していたら、その後の歴史はまったく違っていただろう。


「……なぜだ? なぜ佐竹が兵を出さない?」


 高水寺城の自室で、ゴロリと畳の上に仰向けに寝た又二郎は、天井を見ながら考え事をしていた。答えはもう解っている。越後が史実以上に豊かになっていたからだ。その原因は、新田との交易にある。


(十三湊を利用して蝦夷、能代、越後、越前との交易を活発にした。千石船という史実には存在しない船の登場により、交易量は史実の一〇〇倍以上に達していたはずだ。その結果、湊を持つ越後、越前も豊かになり、動員兵力が増した……)


 無論、鉄砲や火薬などの軍事物資は売ってはいないが、米のみならず、炭団、稗酒、豆など新田の特産品は普通に流れている。それらは越後、越前を通して武田や北条、あるいは畿内に運ばれていく。日本海側に湊を持つ長尾家と朝倉家にも利が入り、その力が史実以上となったのである。


(もし、北条が滅びたとしたら?)


 史実では起きなかった事態を想像する。もし長尾景虎が北条を滅ぼしていたら、どうなっていただろうか。まず関東管領だが、これは継ぐ可能性が高い。山内上杉家の嫡男であった龍若丸は、史実通り死んでいる。鶴岡八幡宮において、関東管領職を継ぐはずである。

 関東公方はどうなるだろうか。史実では足利藤氏が古河御所に入り、関東公方となるが、その後は北条によって追われている。これがなくなるため、公方と管領の体制を再構築し、関東の安定に努めるだろう。


(北条とは、関東における台風の目だった。それが消える以上、関東は長尾…… いや上杉謙信の影響下に入る。だが川中島はどうなる? 第四次川中島合戦は今年だが、これも変わるのか?)


 ゴロリと寝返りをうった。頭を新田討伐連合に切り替える。佐竹が加わるということは、単純計算で八〇〇〇の軍が新たに加わるということになる。だがより重要な意味がある。奥州の戦いに関東の大名が加わる。つまりこれは、佐竹のみならず長尾、そして山内上杉家の意思が働いていることになる。


(そろいも揃って、新田憎しで固まったか? いや恐怖か。北条が台風の目ならば、新田はブラックホールだ。圧倒的な経済力で民を吸い取り、飲み込んでいく。新田の統治を経験した民は、二度と離れなくなる。そして民を失った他家は、どんどん弱る。新田が隣国になれば、戦もせずに滅んでしまう。その恐怖は大きいだろうな……)


 フワリと良い香りがした。二人の嫁が室内に入ってきたのだ。だらしなく寝転がっている又二郎の横に座り、ただ黙っている。呆れているのかもしれないと思った。


「……どうした? なにかあったのか?」


「それは私が聞きたいものです。何をお考えだったのです?」


「そうだな。天下の獲り方について、少しな」


 又二郎はガシガシと頭を掻いて起き上がった。いずれにしても、北条がどうなるかは注視しなければならない。少し遠いが、九十九衆に探らせようと思った。





 長尾景虎の挙兵にもっとも戦慄したのは、当然ながら北条家である。永禄四年においては、北条家は二頭体制であった。本丸には先代である北条左京太夫氏康が住み、御本城様と呼ばれていた。一方、当主である北条新九郎氏政は、永禄四年では内政の一部を自分の手で行う、いわば現場監督者にすぎない。当主ではあっても、意思決定権は北条氏康が握っていたのである。


「父上、長尾景虎が挙兵したことにより、関東の国人衆も一斉に兵を挙げました。景虎は武蔵松山城を狙っているとのこと。民への略奪もひどく、このままでは関東は荒れてしまいまする。ここは打って出て、景虎と決着をつけるべきでは?」


「ならぬ。たしかに兵は多いが、関東の国人は皆が日和見よ。土地が荒れ、食うに食えない者が加わっているに過ぎん。この小田原であれば、たとえ一〇万に囲まれようとも持ち堪えられる。その間に、武田を動かすのだ」


「舅殿を? されど、甲斐は雪に閉ざされ、動けるようになるまで最低でも二月は……」


「解っておるではないか。ならばその二月、持ち堪えられるように整えるのだ。すでに昨年より、川越、玉縄の城では籠城が続いている。関東の国人の多くは、兵糧が少ない。長尾とて一〇万の兵を食わせ続けることなどできぬ。時は此方の味方よ。いたずらに野戦など考えるでない」


 北条家当主が出ていくと、氏康はフゥと溜息をついた。氏政は決して愚鈍ではない。だが夭折した西堂丸(※北条氏親のこと)と比べると、どうしても切れ味の鈍さを感じてしまう。


「……此度が良い経験となるやもしれぬ。当主として、いま少し磨かねばな」


 確かに長尾景虎は強い。長尾景虎が率いるというだけで、関東の兵の力は倍増するといってもいい。だがそれでも、今回の連合には抜けている点がある。佐竹が抜けたため、宇都宮や里見も気が気ではないはずである。そこに武田が動けば、長尾景虎とて兵を退かざるを得なくなる。

 唯一、頭が痛いのはこれでまた関東が荒れ、米の収穫が絶望的になるという点だけであった。


「陸奥は新田家によって統一され、戦も無く別天地になっていると聞く。それなのにこの関東では、未だに多くの国人が勝手に争っている。困ったものだ」


 風魔衆という独自の諜報組織を持つ北条家には、関東のみならず他地方についての情報も入ってくる。その情報を整理し、全体像を把握し、決断を下すのが当主の役目である。氏康の判断は、半分は正しかった。たしかに、関東の国人衆の多くが飢えており、兵糧も僅かしかなかった。だが違っている部分もあった。長尾家の力は、氏康の想像を超えていたのである。


「ウヒヒッ! 米一万石、確かにお売りいたしましたぞ」


「うむ。御実城様(※長尾景虎のこと)も喜ばれることであろう。苧麻は約定の量を用意している」


 越後において米の商いが盛んになっていた。金崎屋善衛門は任されている一〇隻の千石船を稼働させ、出羽で余っていた米を越後まで運び、陸奥で不足気味の苧麻を仕入れていた。苧麻は陸奥でも栽培はされているが、新田の急拡大に生産が追いつかず、一大生産地である越後からの輸入に頼っていたのである。

 お互いに必要なものを入手できるという良い商売なのだが、その結果、史実を遥かに超える量の兵糧が長尾家に蓄えられることとなったのである。





 永禄四年如月(旧暦二月)、長尾景虎は武蔵松山城、そして鎌倉を落とした。関東の北条方の城は、旧上杉家臣たちによって取り囲まれ、身動きが取れない状況となる。だが北条氏康は小田原城から動かなかった。間もなく、長尾景虎は小田原にまで迫る。

 いよいよ、小田原城の戦いが始まろうとしていた頃、陸奥においても動きがあった。弥生(旧暦三月)ともなれば、陸奥でも雪が解け始める。伊達家を旗印とした新田討伐連合が再び兵を興そうとしていた時、又二郎が先手を打ったのである。


「申し上げます! 新田の軍勢、およそ二万が大崎領に向けて進軍中! 先鋒は長門広益、柏山明吉。さらに、熊谷直正率いる八〇〇〇が、朝日館から出陣。寺池館を通り、高清水城を目指して進んでおりまする!」


 二万八〇〇〇、さらにその後に、新田又二郎率いる一万七〇〇〇が加わる。総兵力四万五〇〇〇が、一気に大崎領へと雪崩れ込んだ。これを聞いた大崎家当主の大崎左京太夫義直は、絶望のあまり卒倒してしまったのであった。

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