第105話 新式銃

「殿、敵は一時的に後退しました。どうやら野戦にて我らを迎え撃つようです」


「だろうな。宮野城を落とすには数万の軍が必要だ。数で勝っている以上、野戦での決着を望むだろう」


 宮野城の北側を流れる白鳥川の手前で、新田本軍五〇〇〇は止まった。今回の戦では南条広継、武田守信、下国師季の三人を武将として連れている。また侍大将として蠣崎政広、滝本重行も参戦している。

 長門広益を津軽に、毛馬内秀範を鹿角に置いている。万一にも安東家が裏切った時の備えとしてであった。安東愛季にその気が無くとも、国人衆が暴発する可能性を考えてのことである。


「宮野城は三方向を川で囲まれた天然の要害に位置している。連中は此方の狙い通り、野戦に持ち込んでくれた。数においては不利だが、兵の練度は此方が遥かに上回る。さらに鉄砲もある。負傷者は宮野城に下げて手当てすることも可能だ。だが問題は、敵の備えだ」


「手の者の話では、柏山をはじめ幾つかの隊で、竹盾が確認されています。やはり、あちらも鉄砲を学んでいると思われます」


「それに、雨や雪の不安もあります。この時期の雪は、人が死にかねません」


 如月(旧暦二月)下旬は、現代の暦にすると四月のはじめである。真冬よりかはマシであるが、それでも朝晩の気温は霜が降りるほどに低い。長陣を避けたいというのは敵も味方も同じである。


「新式を使って、一日で決着をつける。宮野城にも伝えろ。すべての兵と鉄砲を出せとな」


「殿、右京信仲殿はどうされますか?」


「当然、遠慮はいらぬ。九戸信仲も久慈治義も、戦に出てくる以上は死を覚悟しておろう。ここで死ぬようであれば、それまでの男ということよ」


 南条広継が気遣うように尋ねたが、又二郎は嗤って首を振った。新田が嫌いだの、武士の本分を認めろだの、口ではなんとでもほざける。だが自分の主義を貫きたいのならば、戦に勝たなければならない。死んだときは、所詮は口先だけの男と嗤うだけのことであった。

 無論、九戸政実、実親の兄弟の前では沈痛な表情は浮かべる。二人は、今回の戦には参戦させていない。石川城で長門広益の下に付けている。親子での殺し合いをさせたくないという気遣いというよりは、単純にまだ信用できないからだ。だが新田の幹部候補生なのは確かである。彼らにはこれから大いに、働いてもらわなければならないのだ。


「さぁ、陸奥を獲りに行こうか」


 又二郎率いる新田軍は、川を越え始めた。




ドォォンッ


 轟音が響き、一町(約一〇〇メートル)離れたところに置かれた竹盾がバキッと音を立てる。兵たちが弾が途中で止まっていることを確認すると、おぉっという声が漏れた。


「このように、竹盾を使えば鉄砲を防ぐことができる。無論、何発も撃ち込まれれば別だが、足軽が一町の距離を駆ける間に撃てる数など、せいぜい三、四発程度。それであれば止められよう」


「確かに。これならば新田の鉄砲隊も恐れるに足りぬ。さすがは柏山殿だ」


 新田軍が宮野城に到着する前、高水寺斯波家をはじめとする反新田連合軍は、鉄砲を防ぐという竹盾を見せられていた。実際に弾を防いでみせると、その効果に皆が納得する。


「竹であれば軽いため、片腕に括りつける形で足軽に持たせれば良い。鉄砲は両手でなければ使えぬ。一気に接近すれば、一方的に蹂躙することも可能であろう」


 竹はどこにでも生えている。反新田連合軍は、馬淵川を北上する最中に、幾つかの竹林で伐採を行い、それなりの数の竹盾を用意した。そして宮野城攻めで、木盾と竹盾の両方を実際に使ってみた。木盾では貫通してしまう弾も、竹盾だと防げることがわかった。


「すべての足軽分は用意できぬが、新田とて全軍が鉄砲持ちというわけではない。三〇〇〇分もあれば十分であろう」


「鉄砲隊は新田の虎の子らしいからな。それが通じぬとなれば、小童も顔を青くしよう。それが見れぬのが残念だ」


「なぁに。ここで打ち破り、ついでに捕らえてしまえば良いのだ」


 自らを奮わせるかのように、威勢の良い言葉が飛び交い、酒が交わされる。柏山明吉は酒ではなく水を飲み、勝利を確信したかのように笑う者たちを観察した。


(油断しおって、愚か者どもが。鉄砲など、新田の強さの一部に過ぎん。それに、本当に防げるかは不明だ。儂が又二郎の立場であれば、鉄砲を防ぐ方法まで考える。神童とまで呼ばれた男が、手にした力に慢心するとは思えぬ……)


 明吉は小用の素振りで立ち上がり、盛り上がる本陣から離れた。自陣に戻り、重臣の三田主計頭重明を呼ぶ。強兵で知られる柏山家の兵たちは、皆が一滴も酒を飲んでいない。


主計頭かずえよ。兵たちをよく休ませよ。それと明日は、我らは三番手のつもりでいよ」


「御慎重ですな」


「反対か?」


「いいえ。明日の戦は、これまでのような小競り合いではありませぬ。相手は宇曽利の怪物とまで呼ばれる男。それくらいが宜しいかと」


 柏山明吉は、戦には流れがあると考えていた。そして明日の戦の流れが、まだ読めなかった。一見すると、此方に流れがあるように見える。此方の予定通り、新田は全軍を出せなかった。宮野城を含めても九〇〇〇、一方の味方は一万一〇〇〇。兵力で上回り、鉄砲を防ぐ手立ても整い、士気も高い。だが明吉は不気味だった。今の状況は、自分たちの手で作ったように思える。だが本当は、作らされた・・・・・のではないか? そうした予感が消えなかった。


(なぜわざわざ、九戸右京信仲らを生かして解放したのだ? 何度でも挑んで来いなどという挑発めいたことまで言った理由はなんだ? それは陸奥を反新田でまとめて、引きずり出すためではないか? 生き証人である九戸右京らが、新田又二郎の言葉をそのまま伝える。当然、奥州探題の家柄である大崎、斯波は激怒する。一時的にでも手を結んで新田を潰そう。そうした機運が起きれば、中小の国人衆は逆らえなくなる。そして戦場に引きずり出して、根絶やしにする)


 机上の論に過ぎないとも思う。その結果、新田はいま不利な状況にいるのだ。だが何かが引っ掛かった。本当に新田は不利なのか? 何度も自問したが、再び己に問いかける。だが答えは出ない。


「殿?」


「いや…… 儂の考え過ぎであろう。決戦は明日だ。主計頭もよく休め」


 三田重明を下がらせると、夜空を眺めた。雨が降りそうな気配はなかった。




 宮野城は東西北と三方向を川で囲まれている。そのため早春の朝は霧が起きやすい。風呂の湯気と同様、外気よりも暖かい川の水から、霧が出るのである。


「この霧ならば、狙いは付けにくい。鉄砲隊に迫る好機ぞ」


 九戸信仲をはじめとする旧南部家国人たちが動き始めた。同時に、稗貫、和賀などの陸奥国人衆も動き始める。竹盾で顔と胴を守り、槍を片手で持った足軽たちが駆ける。本来であれば声を立てないほうが奇襲効果は高いが、連合軍にそんな統制など効くはずもなく、ワーワーという声が出始めた。


「まだだ。まだ……」


 南条広継は目を閉じ、耳を澄ませていた。この霧では視界は遮られる。鉄砲隊には、ただ真っ直ぐに撃つことだけを意識させればよい。後は射程の問題である。姿は見えなくとも音は聞こえる。声の大小ではなく、ガシャガシャという鎧の音で判断する。幾度もの調練の中で鍛えた、自分の直感を信じた。


(距離……二町!)


「撃てぇぇぇっ!」


 三段に構えられた、合計二〇〇〇丁の新式鉄砲が火を噴く。その射程距離はおよそ三町に及ぶが、竹盾を考えると有効射程は二町である。ライフリングによってジャイロ回転をした弾は、強力な貫通力を持つ。火縄銃を防いだ竹盾は簡単に貫通され、足軽たちの命を奪った。


「第二陣、撃てぇっ!」


 霧は新田にとっても有効である。鉄砲によってどれ程の犠牲が出るのか、敵も把握できないからだ。竹盾の効果を信じて突撃を繰り返してくるだろう。霧が晴れるまで、あと半刻(※約一時間)といったところか。それまでどれだけ屠れるかが、勝負の分かれ目であった。




 その音の大きさから、信じ難いほどの数の鉄砲が撃たれているということは、明吉にもすぐにわかった。目を閉じて、音の数を数える。此方の策通りならば、どんなに多くても五発。六発目は混乱して少なくなるはず。そう思っていた。だが等間隔で六発目が響き、そして七発目が聞こえてくる。ゾワリッと鳥肌が立った。


「殿、そろそろ……」


「待て。おかしい。なぜ鉄砲の音が続く? この霧の中で、何が起きているのだ?」


 八発目が聞こえてきた。目の前の濃霧が、まるで黄泉の国への入り口のように思えた。

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