第104話 竹盾
「高水寺城動く」の報せを受けて、三戸城では軍議が開かれていた。宮野城(※現在の九戸城)には四〇〇〇の兵を置いているが、津軽や宇曽利の雪はまだ深く、三戸城に置いておいた五〇〇〇以外は、まだ動員できない。
「やはり、葛巻城から姉帯城に攻め込むのは無理か……」
地図を見ながら、又二郎が呟く。南条広継、武田守信もその言葉に同意を示した。又二郎が当初考えたのは、敵を宮野城に引き付けている間に、葛巻城経由で姉帯城に攻め込むというものであった。だがこの作戦には致命的な欠点があった。補給である。
「北上の山々は未だに雪深く、とても兵を進められる道ではありません。無理に進んだとしても、兵糧不足になることは必定。ここは定石通り、宮野城で敵を迎え撃ち、破るしかありません」
「決戦…… しかないか」
又二郎はあまり乗り気ではないという口調で頷いた。新田はこれまで、圧倒的な行軍速度や水軍を使っての奇襲的な動きで、常に決戦を避けてきた。だが天候については如何ともしがたい。北上高地の雪は人の背丈よりも高く積もっている。それが一〇〇キロに渡って続いているのだ。人の力ではどうしようもなかった。
「九十九衆が持ち帰った情報では、柏山をはじめ、各家が鉄砲を持っているらしい。数こそ少ないが、鉄砲はある程度、研究されていると考えてよいな」
「では、殿が仰られた
「準備していると考えてよかろう」
又二郎が頷く。北日本には、まだ鉄砲はそれほど多く伝わってはいない。その中で、いち早く鉄砲を量産し、さらには火薬まで自前で製造している新田家は、圧倒的な火力を有しているといえる。だが又二郎はそれに慢心しなかった。不利な状況を覆すために試行錯誤するのが人間である。鉄砲の射程距離を考えれば、数発分防ぐだけで鉄砲隊に突撃できる。となれば軽量の盾を持たせれば良い。又二郎は前世の知識と合わせて、鉄砲を防ぐ盾の開発を命じていた。その結果、竹盾が完成したのである。
「連中も似たようなものを持っているだろう。
「ですが、此方にあるのは……」
又二郎と広継の貌に影が差し、悪人めいた笑みが浮かぶ。守信は咳払いをして、話を続けた。
「殿。それで、如何されますか?」
又二郎は肩を竦めて笑った。連中が決着を付けたいというのなら、付けてやろうではないか。
「我らも出陣する。宮野城が奴らの墓場となるであろう」
永禄二年如月中旬、三戸城から新田軍五〇〇〇が出陣した。
「なるほど。富裕な新田らしい策だ。僅かな期間でここまで手を加えたか」
柏山伊勢守明吉は、目の前の宮野城を見上げて舌打ちした。二重の空堀は石垣に囲まれ、高い塀と馬止の柵が城全体を覆っている。そして高い櫓からは鉄砲(※以降、種子島ではなく鉄砲で統一)が覗いていた。
「殿、如何されますか?」
「力攻めはするな。いかに新田とて雪深き北上を迂回することなど出来ぬ。奴らは間違いなく、この宮野城に援軍に来る。いずれ野戦となろう。その時まで待て」
三田主計頭重明に命じて、柏山軍を少し下げる。だが意気軒高な者たちがいた。九戸や久慈などの旧南部家国人衆であった。
「怯むな! 宮野城を取り戻すのだ!」
兵一〇〇〇が一斉に攻め掛かる。それを機に、それを見て、葛西家も動き始めた。後方から二〇〇〇がさらに加わる。その光景に、柏山明吉は呆れた。
「奴らは考えなしか? あの鉄砲が見えんのか?」
「いえ、一応は盾を持っているようですが」
ドパパパンッ
鉄砲の音が響く。ただの盾など簡単に貫通し、足軽たちが倒れる。だが三〇〇〇人の人の波というのは、簡単には止められない。梯子を持った兵たちを支援するように、櫓に向けて矢が放たれる。無論、屋根のついた櫓に矢などは効かない。再び鉄砲の音が響いた。
「フム、かなりの数だな」
「三〇〇はあるでしょうな。これが新田の力ですか。兄上、このままでは犠牲が大きすぎます。一旦、兵を退きましょう」
猪去詮義の助言を受けて、雫石詮貞は兵全体を下げた。そしてその夜、新田本軍が迫っているという報せが届く。その数は五〇〇〇、数の上では此方の方が勝っている。
「斯波家は何を迷っておられる? こちらは一万、敵はせいぜい八〇〇〇から九〇〇〇、数に勝る我らの方が有利。犠牲の大きな城攻めではなく、野戦にて決着をつけるべきであろう?」
「然り。この地にて決戦すべし」
稗貫輝時、和賀義勝が野戦での決戦を主張する。だが雫石詮貞は慎重であった。確かに兵力だけを考えれば、五分以上で戦えるだろう。だが新田は連戦連勝続きで勢いがある。無策のままぶつかれば、兵の損失も馬鹿にならない。だが慎重すぎる態度も問題である。この戦はまだ先があるのだ。一時的な連合軍とはいえ、他家はそれぞれに指揮権を持っている。そして意見の大半が、決戦であった。大将が消極的では、他家から舐められることにもなりかねない。
「柏山伊勢守殿は、どう思われるか。何か策はお持ちかな?」
葛西家最大の国人であり、ほとんど独立勢力とも言ってよい柏山家の判断を聞く。雫石詮貞としては、戦上手として知られるこの男に、勝つための具体的な策を期待した。
明吉は腕を組んだまま、自分の意見を語った。
「新田の兵は強い。だがそれ以上に、新田は戦においては常に奇策を使ってきた。神速ともいえる速さで兵を移動させる。あるいは水軍を使って海から攻めるなど、こちらが思いもよらない方向から攻め、被害少なく勝ってきた。だが今回は違う。この時期、宇曽利や北上は雪深く、新田が奇策を用いる余地はない。真正面からのぶつかり合いとなる。その場に引きずり出しただけでも、成功だと言えるだろう」
皆が頷く。単独の大名としては、新田家は既に陸奥最大の版図を持つ。今回を逃せば、次に有利な状況で野戦に持ち込めるという保証はない。新田を屠る好機なのだ。
「気になるのは、新田の鉄砲よ。アレは動きながら撃てるものではないが、射程が長く威力も強い。だが鉄砲の重さから、他の武器に持ち替えて戦うなど容易ではあるまい。新田の鉄砲隊さえ押さえてしまえば、数で勝る我らに、天秤は大きく傾くであろう」
「確かに。だがどうやって鉄砲隊を押さえる?」
皆が疑問を口にする。新田軍は数多くの鉄砲を有している。そればかりか火薬まで大量にある。野戦で斉射されたら、自分らの被害も大きくなるだろう。
「安心されよ。策はある。鉄砲は玉を撃ちだす。その弾さえ防いでしまえばよい。新田軍が到着するまで、もう少しある。それまで、近隣からできるだけ多くの竹を集めるのだ」
竹盾による鉄砲の「限定的な防弾」を行う。顔と身体さえ守れば、死ぬ可能性は低くなる。そこで利き腕とは逆の腕に、足軽に竹を束ねた盾を持たせ、突撃させる。竹盾とて、無限に鉄砲を防げるわけではない。せいぜい数発であった。だがその数発を防ぐだけで、待ち構える鉄砲隊に肉薄することが出来る。鉄砲隊さえ蹴散らせてしまえば、後は混戦だ。数の多い方が有利となる。
「我らは実際の鉄砲で試験を繰り返し、竹盾を完成させた。だが他の方々には御不安もあるであろう。竹盾がどの程度の強度かをまずはお見せする。その上で、陣触れをお考えくだされ」
竹盾のことを教えられ、他家の者たちは驚いた。柏山家が強いのは、単に一人ひとりの武力によるものではない。こうして下調べをして対策を練ることで、柏山の不敗は築かれたのだ。
「良かろう。柏山殿にお任せする。全軍、いったんは宮野城から離れるぞ。新田が着き次第、全軍で攻め掛かる!」
奥州における新旧対立の決着が近づきつつあった。
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