第101話 二年の期限

「さて…… 当家の評定に参加をしてみて、如何であったかな?」


 浪岡城の客間において、新田又二郎政盛と安東太郎愛季が向き合っている。安東家側からは竹鼻広季が、新田家側からは田名部政嘉と南条広継が同席している。


「大変、学びになりました。大方針を示した後は、重臣の方々がそれぞれの役割に基づいて、自ら考えていく。こうしたやり方は聞いたことがありません。ですがこれは、当家では難しいかと……」


「だろうな。普通の大名の家では、新田のやり方はまず無理だ。たとえ臣従していようとも、それぞれが土地を持つ国人衆だ。統一された意思の下で、皆が役割分担をして動くということは難しい」


 又二郎の言葉に、安東愛季も竹鼻広季も頷いた。鎌倉から続く「領主」という考え方は、極論すれば群雄割拠を認める仕組みなのだ。統治機構である幕府が、強力な統制を効かせることができればよいが、街道も未整備であり情報共有もロクに出来ない中世では、領主が好き勝手するのはむしろ当然であろう。戦国時代とは、起きるべくして起きたのだ。社会構造そのものを変えない限り、いずれ再び戦国時代となるだろう。


「新田では領地を認めていない。家臣たちは家禄と俸禄の二つが与えられる。家禄とは、接収した土地の石高を保証するためのものだ。俸禄は新田家中での役割と働きによって上下する。家禄を持つ者は元国人衆だけであり、新たに登用した者たちは俸禄のみだ。もっとも、それでも十分に豊かに暮らせるのだがな」


 新田の兵は、すべて新田家が直接雇用した常備兵であり、土地を持たない家臣は、自分の兵を雇う必要がない。また土地の管理も不要であるため、内政官なども不要となる。つまり現代風に言えば「家宰、執事、メイド」などの家事手伝いをする者を数名雇うだけで済んでしまう。そのため他家の者から見れば驚くほどに裕福なのである。


「遠い未来には、家禄の在り方についても見直されるだろう。だが今は、まずこの戦乱の世を終わらせねばならぬ。浪人から新田に加わった者にとっては不満もあるであろうが、そこは我慢をしてもらっている」


「我慢などと…… 蝦夷での暮らしと比べれば天と地でございます。某は十分に満足しております」


「某もです。というより、これ以上頂いても使い途がありません」


 新田家でも指折りの重臣たち、田名部政嘉と南条広継は、笑って頭を下げた。二人に家禄が無いことに、安東愛季は驚いた。南条広継は蠣崎家を離れる際に、土地をすべて返上している。そして田名部政嘉はもともと、新田家の文官に過ぎない。だが安東家とは比較にならないほどに豊かに暮らしているのだ。


「新田殿、御教え願いたい。国人が土地を捨てることなく、太平の世を築くことは可能でしょうか?」


「可能か不可能かと問われれば、可能ではあろうな。だがその結果は悲惨だぞ? 国人はそれぞれが領地を持ち、その開発を任される。お前のところは米を作るな。代わりに麦と牛蒡栽培に力を入れろ…… そう言われて、国人が素直に従うか? 結局、皆が米を作るようになり、米だけがどんどん安くなる。武士は貧しくなり、いずれは鎧や刀まで売り払うことになるであろうな。太平の世だから戦もなく、弓矢や槍を鍛えたところで使う場所もない。小さな小屋に住み、今日食べる食事にも汲々としながら、それでも自分は鎌倉から続く由緒正しき武士だと、己を慰める存在となろう。ハッキリ言おう。太平の世に武士など不要だ。少なくとも『鎌倉の武士』はな」


 又二郎の断言に、安東家の二人は沈黙した。天下統一後に必要となる武士は三種類が想定される。一つ目は統治機関で働く文官、二つ目は街の治安を維持する警邏けいら官、三つ目は他国からの侵略に備える軍官である。


「ならず者を取り締まるための警邏官になるのも簡単ではないぞ? 取り締まる基準が警邏官個人の判断では汚職の温床となる。法に基づいた取り締まりが必要だ。ならば法を理解できなければならぬ。新田家では足軽に至るまで、読み書きと算術を学ばせておる。天下統一後を見据えてだ」


 確かに、新田が目指す天下には、鎌倉のような一所懸命の武士は不要であろう。だがそのためには、武士そのものが変わらなければならない。そして中には、変わることを拒絶する者もいるだろう。そうした者は排除するということか。安東愛季がそう問うと、又二郎は何事でもないかのように断言した。


「どんな世を目指すにしても、天下統一のためには多くの血が流れる。その先に出来る世を考えろ。皆が貧しく、子を売りに出さなければならないような、そんな悲惨な世で良いのか? 何十万もの血を流し、一〇〇年以上の戦乱の果てに出来る世が、本当にそれで良いのか? 俺が目指す新たな世だけが正しいとは言わぬ。室町に代わる新たな幕府を打ち立て、武士の世を続けるという意見もあるだろう。結局のところ、正しさと正しさのぶつかり合いなのだ。新田が目指す世を否定するのであれば、力で否定せよ。それが戦国の習いであろう?」


「では…… 当家もいずれ、新田家に土地を差し出すことになるのですね?」


「なる。というよりそうせねば、安東家の者たちは生きていけぬぞ? 四方を新田に取り囲まれ、周囲は驚くほどに豊かに暮らしているのに、自分たちだけが貧しい。そんな状態に、家臣や領民は耐えられるか? 土地を捨てて出奔する者が続出するであろうな」


 安東太郎愛季は、現実を認めざるを得なかった。つまり、新田家が存在しているというだけで、安東家のみならず、旧態依然とした大名家は詰んでしまっているのだ。武士が土地を持つ限り、大規模な土地開発の実行は困難であり、また農林畜産業の分担も難しい。新田の統治だけが、それを可能としているのだ。


「よくよく、家臣と話し合われよ。従属を離れ、新田の敵となる道を選ぶのならば、それもまた一つの生き方であろう。無論、その時は容赦はせぬがな」


「……ここだけの話ですが、某個人としては、国人たちの家を残して下さるのであれば、新田に臣従しても良いと思っています」


「御屋形様ッ!」


 竹鼻広季が止めようとする。だが愛季は片手を挙げてそれを押さえ、言葉を続けた。


「ですが、理解できぬ者も多いでしょう。今日連れてきた家臣たちは、内政に明るい者たちですが、それでも土地を手放すことは嫌がるはずです。残念ですが、家中を説得できるとは思えませぬ」


 安東家は新田家と袂を分かつしかない。安東太郎愛季は言外にそう伝えた。その言葉を聞いて、南条広継は、思いついたように一案を出した。


「……蠣崎家の中にも、そうした懸念はありました。そこで旧主である蠣崎季広殿は、新田家の統治を学ばせる目的で、文官武官を数名ずつ派遣していました。聞くだけではなく、実際に新田家の統治を見せ、実感させていたのです。その結果、懸念の声は数年で減少しました。全員は難しいでしょうが、主だった者だけでも、新田家を見て回らせては如何でしょうか?」


「確かに…… 安東家は従属関係とはいえ、当家の同盟国です。たとえ三月の間だけでも、当家で実際に働いてみるというのは、良い学びになるのではありませんか?」


 重臣二人の言葉に、又二郎は苦笑した。あの時と現在とでは状況が違う。数年かけて他家を教育するなどという時間はない。そんな迂遠なことをせず、理解できない馬鹿はさっさと滅ぼすべきだろう。だが幸いなことに、安東家はまだ利用価値があるし、出羽にまで出兵する余力もない。今はまず、陸奥の完全統一が目標である。


「陸奥の統一まであと二年といったところだ。それまでに家中を纏められよ。二年後、答えを聞かせてもらおう」


 事実上、従属同盟が二年と定められた。安東家は二年以内に、新田に土地を差し出して臣従するか、あるいは同盟を破棄して戦うかを決めなければならない。

愛季は、自分の背中がとても重くなったような気がした。

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