第74話 七戸家滅亡
火薬類取締法では、火薬、爆薬、火工品の三種類が定義されている。火薬とは主に「推進的爆発が主目的」であり、爆薬とは主に「破壊的爆発が主目的」とされる。また火工品は雷管や導火線、花火など火薬や爆薬を加工したものである。火縄銃で用いる黒色火薬は「推進的爆発」が目的であるため、定義としては爆薬ではなく、当然ながら破壊的爆発としての威力は小さい。しかし石材採取発破など破壊解体目的ではない爆発には、現在でも黒色火薬が使用されている。
ドーンッ
田名部の試験場に、連続して大きな音が響く。実物大の模型として用意した厚さ五寸(約一五センチ)の木の扉が砕ける。新田領田名部では、硝石丘法による硝石づくりが行われている。そのため火薬を自前で製造することが出来た。その強みを活かして、攻城兵器「
「まず稗酒を蒸留して火酒を製造する。これを素焼きの壺に入れて、投石機で敵城内に放り込む。そこに火矢を射掛ければ、当然ながら燃える。だがこれは敵を一時的に混乱させるための策に過ぎん。その間に城門に焙烙玉を仕掛けて爆破。破砕できない場合は破城槌を使う」
屋根と車輪がついた破城槌には
「焙烙玉は硝石を多く使用する。無限に作れるわけではないからな。二、三発で爆破できなければ、破城槌を使わざるを得まい。もっともその破城槌もそれなりに工夫しておるがの」
「ですが、このやり方ではその城はもう使えなくなるかもしれませんな。火酒による火が、他にも燃え広がる可能性は十分にあります故……」
「フッ…… 越中よ。そもそも城とは何のためにあるのだ? 俺は以前から不思議だったのだ。館なら理解する。そこに大名が住み、政事が行われ、評定も開かれるからだ。だが城はなんのためにあるのだ? 特に山城だ。毎日毎日、家臣に山登りをさせるのか? 評定の前に疲れてしまうわ」
そう言われると、南条越中守広継も苦笑するしかなかった。蝦夷徳山館はただの丘城だが、檜山城などは山城である。急使などはいちいち山を登らねばならず、吉松が求める利便性という意味では疑問符がつく。数年の中で、広継も吉松の「無駄嫌い」を理解していた。
「城とはよく言っても象徴。率直に言えば飾りよ。防御施設として考えるならば、敵との国境に砦を築いたほうがまだ良い。民を安心させるためにも、一国に一つくらいなら残しても構わんが、他はいらんな。土地と資源の無駄遣いだ。糠部においても、三戸城くらいでいいだろう。他はすべて破却する」
「確かに。政事を行ったり人と会ったりということを目的とするならば、城は不便かもしれませんな」
目の前の城など破壊しつくしても構わない。そう考えるならば必然的に攻め方も変わる。そしていま正に、日ノ本で新しい城攻めが生まれようとしていた。
ドォォォン……
地鳴りのような音が響く。本陣にいる吉松は、腕を組んでその音を聞いていた。熊の毛皮を鞣したマントを羽織っている。少々重いが、まだ寒さが厳しいこの時期は、このマントが吉松のお気に入りだった。
「申し上げます。七戸城門、一撃で粉砕とのこと。御味方、雪崩れ込みました!」
「よし。投降した足軽たちは武装解除したうえで一カ所にまとめておけ。七戸彦三郎直国は逃がすなよ。生死は問わぬ。首から上が無事ならばそれで良い」
七戸城には当主である七戸直国の他、五戸や南なども集まっていた。吉松は抵抗勢力を根こそぎ断ち切るつもりでいた。そしてその七戸直国は、混乱する城内を走っていた。
「なんなのだ…… こんな、こんな城攻めがあるか!」
七戸城には反新田の国人衆が集まり、籠城戦となった。新田軍は遠巻きに半包囲すると、投石機のようなものを組み上げ、矢すら届かない遠方から何かを放り投げてきた。酔いそうになるムッとする臭いが立ち込めたあと、いきなり複数個所で火の手があがった。瞬く間に城全体が炎に包まれ、皆が逃げ惑った。そうしている間に、大きな音がして城門が破壊され、敵が雪崩れ込んできた。
「なにが起きたのだ? どうやって負けたのかすら解らぬ。こんな戦があってたまるかぁっ!」
なんとか逃げなければ。七戸城の裏、
「撃てぇぇっ!」
厚谷文太郎季貞が率いる鉄砲隊により、脱出を図った七戸兵が次々と倒れる。行き場が無くなった七戸直国は、降伏するしかなかった。蠣崎宮内政広のもとに、七戸彦三郎直国が引き摺られてくる。元服間もない若者の前で、壮年の武将が座らされる。
「し、七戸彦三郎である。七戸家は降伏する。新田吉松殿にお目にかかりたい」
「……文太郎」
「ハッ」
文太郎が黙って太刀を差し出す。政広はそれを抜くと、彦三郎の首を刎ねた。目をカッと見開いた首が宙を飛び、何故……と唇が動いた。
「貴殿が生きていると、我が殿がお困りになる。七戸彦三郎直国は討死。七戸家は滅亡。殿はそれをお望みだ。七戸家の所領はすべて、新田家が預かる」
七戸彦三郎直国、討死。その報せを吉松はなんの感慨も無く聞いた。
「宮内には、よくやったと伝えてくれ。これで三戸まで一気に進める」
愚鈍ながらその血筋から、糠部ではそれなりの影響力を持っている。そんな輩に、なまじ生きていてもらっては困るのだ。旧南部領はこれから新田の土地になる。南部家の色はすべて、塗りつぶさなければならない。
「後始末がついたら、五戸まで進むぞ。北左衛門佐信愛も待っているだろう」
天文二四年如月末、南部家の一角を成した名族、七戸家が滅亡した。吉松が野辺地を占領してから、八日後のことであった。
十狐城の浅利勝頼を従属させた檜山安東家は、鹿角郡までの道を開くべく、十二所城までの道の整備に追われていた。宇曽利ほどではなくとも、比内、鹿角もまた雪が多い。数千の軍が進むためには、道の整備が不可欠であった。浅利家は鹿角への参戦を免除される代わりに、雪かきと街道整備を命じられた。
一方、檜山城では湊安東家の重鎮であり、土崎でも最大級の国人である豊島玄蕃頭が従属の挨拶に訪れていた。すでに六〇近い年齢だが、四〇を過ぎて嫡男を作るなど、色も欲も衰えぬ男である。
「湊家国人衆の助力、大変うれしく思う。豊島玄蕃頭には色々と説得をして回ってくれたと聞いている。感謝するぞ」
「滅相もございませぬ。我が豊島家、殿に絶対の忠誠をお誓いいたします」
額に傷のある悪人顔が、ニタリと笑いながら頭を下げる。どこから見ても悪人であった。大高筑前守などは表情を強張らせている。この男が言う忠誠ほど、信用できないものはない。
「鹿角を獲り次第、土崎湊の津料は無しとする。安東太郎の名において、それは約束する」
「殿の御寛大なお言葉、
肚の探り合いに近いような面会が終わり、玄蕃頭は倅を待たせている城下の遊郭に入った。
「どうだったよ親父。太郎坊ちゃんは?」
「次郎よ。滅多なことを言うでない。誰が聞いているかもしれん。まぁ、上品で苦労知らずな童であったわ。アレなら掌で転がせそうじゃのぉ」
玄蕃頭は、遊女に酒を注がせている豊島次郎重村の前に座ると、馴染みの女を呼んだ。親子揃って酒と女には眼が無い。それでいて悪知恵も働くし、戦となれば強いのだ。土崎湊においても、この親子は別格の存在であった。
「でもよ。マジで坊ちゃんが鹿角を獲っちまったら、ウチらも考えないといけねぇんじゃね?」
「そう。だから今が売り時なのだ。鹿角を獲るのに、豊島の力が必要だったとなれば、我らはその後、土崎湊を任されよう。さすれば蝦夷との交易を再開し、能代が独占しておる利を奪い返す」
豊島家の目的は、別に天下などではない。面白おかしく楽しく生きられればそれでいい。土崎湊を繁栄させ、京女を侍らせて夜な夜な宴席を楽しめれば、それで満足なのだ。むろん、そのためにはまだまだ力が必要だということも理解していたが。
「鹿角では新田家とぶつかるかもしれん。安東家と新田家は、表面的には友好関係だが、別に盟を結んでいるわけではない。新田相手に大いに暴れるがいい」
父親以上に強欲で乱暴者の倅は、野獣のような笑みを浮かべた。
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