第69話 津軽統一

 天文二三年霜月(旧暦一一月)、大光寺城は炎に包まれた。津軽三大名に数えられ、一万六〇〇〇石を領した大光寺遠江守政行は降伏すら許されず、その最後を迎えた。燃え盛る炎を無言で見つめる吉松の下に蠣崎政広が報告に来た。


「殿、城下の民たちは無事に保護しました。また各屋敷も接収、物品を押収しております。大光寺家に仕えていた厩番や小者などは、如何いたしましょうか?」


「新田に仕えたいのならば受け入れると告げよ。特に、馬の世話をする者はこれからも必要になるからな。ただし、十三湊や浪岡では働かせるな。まだ信用できないからな」


「ハッ」


 再び炎に顔を向ける。その場から離れようとした政広に声をかける。


「なぁ、宮内・・よ。俺はあとどれくらい、こうした光景を見るのであろうな?」


「殿?」


「生かしておくこともできた。実際、遠江守は降伏すると言ってきた。だが俺はそれを受け入れず、殺した。他の国人衆に示すためだ。だが、本当に殺す必要があったのだろうか……」


「殿。殿のご決断に、某も皆も従いまする。されど、もし思うところがあれば意見致しまする。殿が、家中からの声に耳を傾けてくださる方だと、皆が知っているからです。ですがこの度は、誰も意見しませんでした。皆も納得しているからです」


 当主は、迷いを見せてはならない。もし見せれば下は戸惑い、不安になる。そして他家から付け入られる隙になる。吉松はフゥと息を吐いて、両手で自分の頬を叩いた。


「そうだな。自分の決断に疑問を持ってはならんな。少なくともそれを口にすべきではない。宮内、良く言ってくれた。大浦は恐らく臣従するだろう。この戦で、津軽は事実上統一された。来年はいよいよ、陸奥に取り掛かる。期待しているぞ」


「ハハッ!」


 吉松は燃え盛る城を一瞥し、その場を後にした。




 大浦氏は、南部氏の庶家である南部久慈氏の一族である。延徳三年(一四九一年)、南部光信は西津軽、赤石川沿いに種里たねさと城を築き、安東氏への備えとしてそこに入った。だが種里城は白神山地の中にあるため、石川城との行き来すら不便であった。そこで文亀二年(一五〇二年)、石川城の西方一里のところに、大浦城を築城する。養子であった大浦盛信を城主として入れ、光信自身は僻地である種里城で一生を過ごした。光信の死後、大浦家は居城を大浦城へと遷し、大浦政信、大浦為則へと続いている。


「大浦為則でございます。この度は、臣従をお認め頂き、ありがとうございます」


 色白の男が挨拶する。身なりはしっかりしているが、どこか華奢で弱弱しい。その後ろに控える精悍な顔つきをした弟の方が、当主に相応しく見えた。


「新田吉松である。大浦家の臣従、心強く思う。遠縁とはいえ、新田も大浦も南部から枝分かれした家だ。根は同じだ。新田ではすべての家臣が禄で仕えることになるが、これまで以上の暮らしを約束しよう」


「感謝いたします。されど某は生来病弱ゆえ、実弟である守信をお引き立て頂きとうございます。弟は文武に秀でており、某などよりも遥かにお役に立てるでしょう」


 覇気がない。出来の良い弟と病弱な兄という構図だ。ただ先に生まれたからというだけで、役に立たない自分が大浦家を継ぎ、弟に任せっきりにしている。自分をそう卑下しているのだろう。


「そう自らを卑下するものではない。大浦の家を残すのも、当主としての立派な勤めであろう。それに、新田には薬食同源という考え方がある。食を変えることで、病弱だった者が逞しくなったという話もよく聞く。しばらく浪岡の城下で過ごしてみてはどうだ?」


「ありがとうございます。御言葉に甘えさせていただきます」


 そして吉松は、弟の方に顔を向けた。


「武田甚三郎守信。下国八郎師季から貴殿の話は聞いている。先日の戦では、実に巧みに兵を動かしたそうだな。戦上手が家中に加わってくれるのは、実に頼もしい」


「未だ学ぶこと多き若輩者ですが、粉骨砕身、働きまする。何なりとお申し付けくだされ」


「うむ。そこで一つ相談なのだが、甚三郎は扇という子がいるそうだな? 齢は幾つだ?」


「は、四歳でございます」


「数年後で構わぬ。俺の近習としてその子を出してみぬか? 俺の周りは年上ばかりだからな。年下の近習が欲しいと思っていたのだ」


「あ、有りがたきお話でございます。されど我が子扇は、いささか聞かん気が強く……」


「良いではないか。唯々諾々と親の言葉に従う者よりも、それくらい我の強い子のほうが頼もしいというものよ。それに今すぐという話ではない。七、八年後くらいの話だ」


「承りました。殿の近習に出しても恥ずかしくないよう、育てまする」


 大浦扇、後の大浦弥四郎為信である。史実では二一歳で謀反を起こすが、それは三戸南部家に、晴政と信直の対立という隙があったからである。だが謀反を起こした後の動きは尋常ではない。津軽の重鎮である石川高信を殺した後は、大光寺、浪岡を次々と滅ぼし、津軽を統一した。その期間は僅か七年である。奇襲や謀略を得意とし、さらには叔父であり養父である大浦為則の実子(つまり義弟)を溺死させるなど、えげつない方法で津軽を手にした。


(目的を達成するために合理的な方法を選択し、それを実行する。良心の欠片も感じさせないえげつなさだが、その実行力は馬鹿にはできん。上手く育てれば、新田にとって大きな力になるだろう)


 勝者である津軽家の記録だけでも、大浦為信の悪党ぶりが伺える。同時代においては宇喜多直家に肩を並べるほどであろう。だがそれだけに、使いこなせれば役に立つ。吉松はそう考えていた。




 浪岡城に呼び出された油川城城主の奥瀬判九郎は、今年三度目となる胃の痛みに耐えていた。宇曽利から進出してきた鬼はまたたく間に津軽を席巻し、ついに統一してしまった。評定の間には、雲の上の存在であった石川左衛門尉高信や武田甚三郎守信の他、浪岡家の元当主であった浪岡弾正少弼具統、蠣崎家随一の名将長門藤六広益、新田吉松の懐刀と最近名を上げている南条越中守広継など、錚々たる面子が並んでいる。外ヶ浜の小さな館で稗や粟を細々と食べていた自分が、なんでこんな場所にいるのだろうか。


 首座に座っている鬼の頭領、新田吉松が、ニカッと笑みを浮かべた。だが相手は鬼である。嗤いながら食い殺すかもしれない。判九郎は生きた心地がしなかった。


「奥瀬判九郎、俺は其方を高く買っている」


「は? え? あの……」


「新田が浪岡を領し、これから津軽を開発しようと乗り出したのを機に、其方はいち早く臣従を申し出て、所領のすべてを預けると言ってくれた。おかげで浪岡から外ヶ浜までの整備に早々に着手することが出来た。そして先の戦で、外ヶ浜から浪岡城まで一気に駆けることができた。其方が臣従してくれたからだ。新田の統治を理解し、民のために進んで所領を捨てるという無私の行動は、称賛に値する」


「は……あっ……ハハァッ、有りがたきお言葉」


 必死に頭を下げる。褒められているということは理解できた。判九郎は汗を流しながら、なんとか答えることが出来た。


「よって奥瀬家を加増の上、判九郎を評定衆に加える。新田は内政を重視している。判九郎は民の目線で内政を考えよ」


(ヒィィッ! 嫌だっ! 嫌だっ!)


「粉骨砕身…… 励みまするっ」


 胃の痛みに躰を震わせながら、何とか判九郎は答えた。だが他の者は、認められて嬉しくて震えているように見えた。判九郎の胃が安らぐ日は、まだまだ先のことであった。

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