第67話 南部家の仕置き

 南部晴政の死と三戸南部家の断絶は、一〇日もしないうちに糠部および津軽地方の全国人衆に知れ渡った。南部右馬助晴政の遺言状に新田家からの書状が加わり、国人衆にばら撒かれたのである。津軽の戦に参加していない者は当然、罠ではないかと警戒した。だが毛馬内靱負佐秀範が、四〇〇〇名近くの残兵を連れて戻ってきたことにより、一気に信憑性が増した。

 そして天文二二年神無月(旧暦一〇月)、三戸城において南部家最後の大評定が開かれた。毛馬内靱負佐秀範が仕切り役となっているが、新田家を代表して石川左衛門尉高信が参加している点が異例である。高信が参加することには吉松も難色を示したが、陸奥における無用な混乱を避けるためと、高信が懇願したため許したのである。無論、高信としてはその場で殺されることすら覚悟しての参加であった。


「やはり、九戸右京殿(※九戸信仲のこと)は参加せずか……」


 秀範は顔を顰めたが、それ以外には大半の国人衆が参加している。根城八戸家からは、当主が未だ元服前と言うこともあり、家老の東重康が参列している。その他、一戸、五戸、七戸、北、南、久慈などが参加していた。


「それでは、大評定を始める。この場にいる国人の皆々様方には、亡き殿の御遺言状が送られていたことと思う。その内容を踏まえ、三戸南部家、そして我らの今後について話し合いたい」


「待たれよ。その前に確認しておきたい。何故、石川左衛門尉高信がこの場におる? 新田に寝返った離反者ではないか!」


 七戸彦三郎直国が声を荒げた。先年の吹越峠の戦い以来、新田憎しで固まっている男である。複数の国人衆が「然り」「どの面下げて」と漏らした。だが石川高信は平然と皆に顔を向けた。


「理由は三つある。一つ目は個人的なことだ。我が姉と姪、そして嫡男の亀九郎を津軽に連れていくためだ。二つ目は新田家を代表して、この場にいる国人衆の疑問に答えるため。そして三つ目は三戸南部家、そして我が兄への最後の御奉公のためだ。兄上とて、この陸奥が戦で焼け野原になるのは望んでおられぬ。回避できる戦は回避したい。そのためにこの場にいる」


「戯言を。我らは新田になど下らぬわ。嫡女の桜姫を神輿に、三戸南部家を再興する。そして新田に対抗する。新田が大きくなることは、斯波、葛西、大崎なども望んではおるまい。力を糾合し、新田を包囲する」


 高信は溜息をついた。こうした声が出てくることは予想していた。もしこの場の国人衆が連合して新田家に戦おうものなら、一年もせずに新田家に蹂躙されるだろう。


「殿が命を懸けて、我らが生き延びる途を切り拓いて下されたのだぞ。それを無にすると言われるか?」


「新田はこの度の戦で土地を手に入れたわけではない。我らが纏まれば……」


「纏まらぬ。現に九戸が、この場に来ておらぬではないか。言っておくが、津軽からの援軍はないぞ。大浦は新田に接近している。大光寺は独立国人を気取っているが、遠からず新田家に滅ぼされる。もし戦うとなれば、宇曽利、田名部、外ヶ浜の三方向から、野辺地がまず侵攻されるであろう。宇曽利から二〇〇〇、田名部からは水軍が一〇〇〇、そして外ヶ浜からは津軽の兵四〇〇〇、併せて七〇〇〇が一気に攻めてくる。新田を包囲できると思われるな。檜山安東家は新田と交易で繋がっており、今は旧浅利領に触手を伸ばしておる。蠣崎は新田に臣従し、蝦夷えみしの民を懐柔している。北からも西からも南からも協力は得られぬ。お解りか? 包囲されているのは新田ではなく、糠部の国人衆の方なのだ!」


 国人衆の顔色が変わる。大光寺や大浦が津軽で混乱を起こすという期待があったのだ。その目論見は外れた。敵対すれば鎧袖一触であろう。

 それまで黙っていた北左衛門佐信愛のぶちかが口を開いた。


「石川殿、一つお尋ねしたい。新田家は国人の土地所有を認めず、すべての所領を召し上げ、禄によって召し抱えていると聞いています。にも関わらず、貴殿は未だに石川城にいる。そして亡き殿の妻子および御嫡男を城まで連れ帰ると言われる。貴殿は、所領を取られなかったのですか?」


「いや、某はもう所領を持っておらぬ。禄で召し抱えられた石川城の城代に過ぎん。某自身も誤解していたのだが、所領召し上げというのは、事実ではあるが我々の想像とは少し違うのだ」


 信愛をはじめ、皆が首を傾げた。だが高信の発言を遮ろうとはしない。自分たちのこれからに関わることだからである。高信は言葉を選びながら、新田の統治について説明した。


「新田家が求めているのは、土地の統治権なのだ。言い方を変えれば、領主に代わって新田家が土地を開発している、とも言える。新田家という統一された意思の下で土地を開発していく。領民は、誰それの所領の民ではなく、すべて新田の民になる。これにより、道や利水などの細かな揉め事を排除し、大胆な開発が出来るようになる。実際、新田領内では凄まじい勢いで賦役が行われている。道を真っ直ぐに整え、砂利で舗装する。これにより人と物の動きが活発になる。そして民一人ひとりが豊かになる」


「それが、あの繁栄ぶりの秘密ですか。ですが禄は……」


「事実上、倍になる」


 倍だと? どうやってそんなことが…… 国人衆がざわめく。


「一〇〇〇石の領主は、そのまま一〇〇〇石の禄で召し抱えられる。どういうことか、解るであろう?」


 信愛は頷いた。一〇〇〇石の領主といっても、そこから年貢として入るのはせいぜい五〇〇石である。しかも米の出来不出来に左右される。禄で召し抱えられれば、倍の米が安定して入ることになる。


「今でこそ米だが、いずれは貨幣、つまりぜににて受け取るようになるだろう。その方が便利だからだ。実際、田名部では驚くほど物が溢れ、皆が銭を使って売買している。米、酒、魚、着物、刀剣に至るまで、すべてを銭で売り買いする。銭を中心とした統治、それが新田の統治だ」


「我らも、新田に下れば同じように召し抱えて貰えるのですか?」


「殿はそう仰せであった。三戸南部家の背信は、当主である右馬助晴政の死によって、すべてを水に流す。忠実に役目を果たし、手柄を立てれば禄も加増すると。殿は極めて気前の良い方だと、末端の足軽まで皆が口を揃えて言っておった。考えてもみよ。わずか数年で、寒さ厳しき田名部の石高を一〇倍以上にした方なのだ。津軽だけで一〇〇万石の土地になると仰せであった。誇張はあるかもしれぬが、虚構とは思えぬ」


 北左衛門佐信愛をはじめ、考え始める国人衆が多くなった。その一方で、七戸彦三郎直国は苦々しい顔となっていた。新田吉松はまだ八歳である。童を主人としてかしずくなど、考えたくもなかった。


「ならば勝手にされるが良かろう! 七戸は独自に動かせてもらう!」


「我が五戸も同じく。新田に臣従するなど冗談ではない!」


 半分程度の国人衆が立ち上がった。そして驚いたことに、その中には八戸家まで入っていた。毛馬内秀範は驚いた表情で小さく呟いた。


「東殿、何故…… 御当主の久松殿は、新田吉松殿の実兄。一門衆として優遇されるであろうに……」


 だが東重康は、秀範と高信に視線を送り、微かに首を振った。何か事情がある。二人はそう察した。




 新田吉松の実兄である八戸久松は、天文二三年で齢一二歳になる。元服はいま少し先だが、そろそろ自分で物事を考えられる年齢となっていた。本来であれば、八戸家当主としての本格的な養育を受ける時期である。だが久松の不幸は父親にあった。


「亡き行政殿は、事あるごとに吉松殿への憎悪を口にされていました。それを聞いて育った殿は、新田憎しで固まっております。某も葛巻殿も、幾度も殿に申し上げたのですが、新田の下風には立たぬと……」


 七戸ら反新田の国人衆が出ていってしまったため、評定は一旦、中断となった。高信と秀範は休憩の間に、別室で待っていた東重康の話を聞いた。要するに呪詛を聞いて育った久松が、新田と戦うと頑迷であるため、八戸は新田には臣従できないというのである。


「兄弟だというのに……」


 高信は、自分と晴政の関係を思い浮かべてため息をついた。だが秀範は違う見方をしていた。新田吉松は本当に、父母や兄に対して親族の情を抱いているのだろうか。


「東殿。まずは御家中を纏められるが宜しいかと存ずる。されど一つ懸念がある。新田吉松殿は、八戸久松殿のことを一門とは考えていないのではないか。某はそう危惧している」


「どういうことでしょうか?」


「某、外ヶ浜での戦以降、吉松殿と暫しの間、行動を共にした。その間、吉松殿から一度たりとも、亡くなられた実父の話が出なかった。怒りの言葉も悔みの言葉もだ。恐らくなんの感慨も無かったのであろう。父君が亡くなりました。あぁそうか。その程度だったのではないかと思う」


「そんな…… 戦の習いとはいえ、実の父が亡くなったのですよ?」


「いや、あり得る。考えてみれば殿は、齢二歳の時に田名部に一人置かれ、それ以降は祖父の盛政殿だけを、肉親として来られたのだ。殿にとって一門とは、盛政殿ただ一人なのかもしれぬ。八戸に対してなんの情もないというわけではあるまいが、家族への愛情とは違うのではないか?」


「では、八戸はどうすれば……」


「まずは臣従という方向で家中を説得されよ。敵対すれば新田は容赦なく、八戸を潰しにかかるであろう」


 東重康は急いで三戸城を後にした。一方、高信と秀範は新田家に対しても、漠然とした不安を持った。新田盛政は高齢である。もし祖父を亡くせば、吉松は若くして天涯孤独になってしまう。たとえ神童であろうとも人である。孤独が情緒にどのような影響を与えるのか。それが心配であった。三無の志を忘れて暴君となれば、奥州は地獄と化すかもしれない。


「殿には、御家族が必要だ」


 高信の呟きに、秀範も頷いた。

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