第60話 両雄並び立たず
吉松たちが宇曽利郷(※下北半島)へ逃げた後、盛政から新田家の情報を聞き出すために、毛馬内
「盛政殿、新田について教えていただきたい。兵力、武器、そして統治について……」
「ハッ…… 無意味なことを。儂から聞き出したとして、それが正しいかどうかをどうやって判断するのじゃ?」
「……特にお聞きしたいのは、先の五所川原で使われた武器のことです。その後、南部家でも調べました。近年、畿内を中心に使われ始めたという種子島という武器ではありませんか?」
「ホッ…… さすがは南部家よ。よう調べたな。確かに、種子島という武器じゃ。吉松たちは鉄砲と読んでおるがな」
「鉄砲…… それはどのような武器なのです?」
毛馬内秀範の問いに、盛政は首を振って溜息をついた。
「じゃから、それを知ってどうする? どうやって事実を確認するのじゃ? むしろお主はいま、一つ情報を漏らしたぞ。南部家では鉄砲、種子島を手に入れてはおらぬとな」
「ッ……」
「まぁ良かろう。知ったところでどうしようもないからの。鉄砲とは豆のような鉛の塊を弓矢よりも速く、より遠くに撃ち出す武器じゃ。じゃが儂は使ったことがない。どういう原理かも知らん」
「それを新田はどれくらい持っているのですか?」
「さてのぉ…… 儂は隠居しておるから詳しくは知らんが、一〇〇〇は超えておるのではないか」
盛政は白い髭を撫でながら、何事でもないかのように簡単に答えた。だが毛馬内秀範には、それが正しい情報かを判断する材料が無い。この取り調べそのものが無意味であると、秀範も認めざるを得なかった。だがそれでも聞かざるを得ない。鉄砲への対策は死活問題だからだ。
「その武器の欠点は?」
「まず高いということかのぉ。畿内では銭三〇〇貫で、ようやく一丁の種子島を買えるそうじゃ。貧しい南部家では、とても無理であろうのぉ。それと連射が出来ぬということかのぉ。鉛の弾を込めて撃つのに時間が掛かる。じゃから儂は、戦では使えぬと思うておった」
「ですが新田吉松殿は実際に戦で使い、そして一方的な大勝利を得た。どうやって?」
「それこそ解らぬわ。知恵と工夫によって、欠点を欠点のままにしない。じゃから神童と呼ばれるのよ。それよりも靱負佐殿よ。儂からも一つ、三戸南部家の家老であるお主に聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「なぜ、
盛政が何を聞いているのか、毛馬内秀範は一瞬で理解した。そして答えに窮した。彼自身が内心で抑え続けていた葛藤を、盛政は正確に見抜いていた。
「新田は大きくなった。南部家としては気に入らぬであろうし、見過ごすわけにもいかぬ。それはわかる。じゃが今回の、策とも呼べぬような騙し討ちはなんじゃ? 馬之助殿(※南部晴政のこと)は未来永劫、卑怯者と呼ばれ続けるぞ。お主は三戸南部家の家老であろう。なぜ止なんだ? もっと他に、
止めなかったというのは違う。晴政に対しては二度、諫言した。だがそれでも止まらなかった。そして三度目の諫言は、晴政も許さないだろう。主君がそこまで腹を括っているのならば、臣下としてはどこまでも、付き従うのみである。それがただの言い訳に過ぎないことも解った上で、秀範はそう反論した。
「そうか。お主も辛い立場よのぉ……」
盛政はしみじみと、哀しそうな表情になって頷いた。盛政もまた、吉松の傅役としてこの数年の中で幾度かの諫言をしたことがある。だが吉松も、聞きこそすれど最後は己の意思で決める。こうするのだと決意したことを、他者の言葉で翻すことなどない。
嗤われるかと思っていた秀範は、同情を示されたことに戸惑ってしまった。そして理解した。自分も、そして目の前の新田盛政も、南部家と新田家が手を取り合う日が来ることを願っていた。だが互いの当主は共に野心家であり、対等の存在さえも認めない。龍であり、虎であった。相並ぶことなど決してないのだ。
「……この戦の後、どうなるでしょうか」
それはおよそ、三戸南部家家老の問いではない。南部晴政と新田吉松という、稀代の野心家二人と共に陸奥の一時代を生きる者としての問いであった。盛政はその問いには直接的には答えず、一つの助言と言う形で答えた。
「毛馬内の家を残すことを、第一と考えられよ。宜しいな?」
三戸南部家は滅びる。今回、たとえ新田に勝ったところで、先はもうない。だからせめて、自分の家だけでも残るよう尽力せよ。そう言っているのだ。その助言に対し、秀範は無言のまま一礼した。
油川城主の奥瀬判九郎は、久々に込み上げてきた胃の痛みに必死に耐えていた。昨夜遅くに、三戸南部家から使者が来て新田家と戦になること。南部晴政率いる二〇〇〇の兵が、外ヶ浜を通ること。もし新田家が外ヶ浜に近づくようなことがあれば、すぐに知らせることなどが指示された。なにがどうしたら南部家と新田家が戦になるのか、奥瀬半九郎には解らなかったが、とにかく今は南部家に臣従しているのである。翌朝、指示通りに動こうとした矢先のことである。
「外ヶ浜、善知鳥村(※青森湊のこと)に新田軍が上陸。その数は既に一〇〇〇を超え、さらに増えております!」
そして今、
だが半九郎には、鬼の軍を率いて彼岸よりやってきた。南部の奴らを一人残らず食い殺してやる。お前のところにも使者が来たことは知っているぞ? 眼を閉じ、耳を塞ぎ、口を閉じていろ。余計なことをすればどうなるか、解ってるな? と読めた。
「わ、儂は少し気分が悪い。五日ほど病になるぞ」
早く終わってくれと願いながら、半九郎は奥の間に引っ込んでしまった。
「奥瀬殿は御体調が悪いらしく、この数日は表に出られないそうです」
「風邪かな? 涼しくなってきたからな。戦に勝った後は、油川城まで見舞いに行くか。外ヶ浜は新田領になったのだ。奥瀬殿にも働いてもらうことになる」
半九郎の胃の状態を知らない吉松は、青森湊に近い場所に陣を構え、暢気に食事をしていた。打つべき手は既に打っている。浪岡城には使者を送った。段蔵率いる九十九衆は、祖父奪還のために動いている。夏泊に生きる民たちには、南部軍の動きを逐次知らせるように手配した。あとは決戦に向けての準備である。
「最後の船が到着しました。鉄砲、兵糧、材木などです」
「よし。越中よ、決戦の場所はどこが良いと思う?」
食後の牛蒡茶を飲みながら、吉松は簡単な軍議を開いた。といっても、相手は南条広継のみである。広継は東を指さした。
「調べたところ、この先に安潟と呼ばれる湖沼地帯があり、堤家という地頭がいるそうです。地頭といっても兵を持つわけでもなく、顔役に近いそうです。堤家に協力させて、安潟に迎撃の柵を設けます。泥濘では兵もロクに動けず、鉄砲の良い的になるでしょう」
「南部晴政は、おそらく鉄砲の存在を知っている。突っ込んでくるかな?」
「通常ならば来ませんね。ですが今、晴政殿には時間がありません。野辺地での奇襲は、南部家中でもごく一部しか知らなかったはず。津軽の大光寺、大浦あたりは何も知らされておらず、戸惑っていることでしょう。一刻も早く晴政殿自身が合流しない限り、津軽はいずれ割れてしまいます」
「そうだな。それに安東家もある。安東太郎愛季は、中々に決断力があるようだ。比内から大軍が北に向かったと知れば、どう動くかな?」
「比内大館は空の状態。そして当主の浅利勝頼殿は頼りなし。落ちている小石を拾うようなものですな」
「比内大館が安東の手に落ちれば、鹿角への退路にも影響する。だから南部家としては一刻も早く、津軽での決着を付けなければならない。ハッハッハッ 自分で言っていてなんだが、南部晴政も大変だな」
敵を気遣う余裕すら見せる。その頼もしさに、広継をはじめ周囲はみな笑みを浮かべた。
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