第55話 三日砦
能代湊には三隻の巨船が接岸していた。その船に、人足たちが材木を運び込む。出羽地方は古来、材木が特産品である。そのためすぐにでも使える材木が常に一定量、確保されている。
「その木はまだ乾燥が進んでおらぬ。その隣なら大丈夫だ」
家や城を建てるための材木は、切り倒したらそのまま使えるというものではない。短くても半年、太い材木ならば数年は天日干しにして乾燥させる必要がある。新田領はこの数年で人が多くなり、また治水や港湾整備の賦役もそこかしこで行われている。家を建てるため、堤防を築くため、湊を整備するため、良質な材木は幾らでも必要であった。
「禿山にならぬよう植林に力を入れよと、新田様からそのお代まで頂いているのだ。下手なものを運ぼうものなら、我らの信用にかかわる。良材を厳選せよ」
能代の材木商、清水治郎兵衛政吉は船に運び込まれる前に、自らの眼で最終確認を行っている。職人たちは木槌で叩き、中に空洞が無いか一本一本、丁寧に確認している。
「それにしても一千本とは豪気ですなぁ」
「それだけ新田様の領地が豊かだということだ。新田様からは、丁稚として一〇代の子供を数名預かって欲しいと言われている。商いや材木の目利きをさせたいそうだ。金崎屋は数年前から依頼を受けており、読み書きに算術、そして操船の技能を持つ者を数十名、送り出したそうだ。豊かだから、人づくりに手間をかけられる。それが新田様の強みだろうな」
(本当に恐ろしい。新田領の石高や特産品などに目が行きがちだが、新田の真の恐ろしさは富裕の使い方にある。越後長尾家では日頃から節制し、倹約しているそうだが、吉松様は鼻で嗤われるだろう。人が人を呼び、富が富を呼ぶ。まさか童から商いの要諦を学ぶとはな……)
木材の代金として置かれていったのは、黄金の延棒である。それ以外にも田名部の特産品である
その檜山城では、南部家からの圧力がいよいよ強まってきたことを受けて、対策に追われていた。出羽の地図を取り囲みながら、重臣たちが南部対策について検討している。
「南部晴政とて白神の山を越えることなど出来ませぬ。必然的に米代川を下って攻めてくることになります。そこで比内との境にある鷹ノ巣(現在の北秋田市)に新たに砦を建てまする。鷹ノ巣は旧来、浅利との係争地。簡単に砦を築ける場所ではありませぬが、清水治郎兵衛殿が面白い策を聞かせてくれました」
「ほう。聞こうか?」
すると地図の上に一枚の紙が置かれた。砦の図面である。
「これは新田で使われている手法だそうですが、新田領では事前に精緻な図面を引き、材木もすべて加工し、現場ではただ組み立てるだけという建築方法を取っているそうです。家の形をすべて統一し、同じ長さ、同じ太さに材木を加工して置いておくそうです。そうすることで番匠たちは現場でいちいち考える必要が無くなり、また必要な時にいつでも家を建てられるようになると……」
「その場で木を削るのではなく、事前に加工しておいて現地で組み立てるか。なるほど、これなら相当な速さで砦を築けよう」
「番匠たちの話では、堀などは別としても城壁、城門、櫓、根小屋だけならば五日で建てられると」
「五日とは凄い! しかし間違いなく、南部には気づかれますぞ。五日というのは驚くべき速さですが、それでもやはり攻められるでしょう」
「三日だ」
安東愛季は図面を見ながら呟いた。重臣たちが注目する。顔を上げて説明する。
「人手を増やし昼夜交代制にし、三日三晩で完成させよ。さすればいかに南部とて対応できぬ。
重臣の大高筑前守光忠が命じられた。こうして、後に「三日砦」と呼ばれる対南部防衛拠点建設が始まった。
天文二三年(一五五四年)卯月(旧暦四月)、信濃において武田家と長尾家の争い(※第一次川中島)が起きたという情報が奥州にも届いたころ、比内大館城を預かる浅利勝頼は、物見の報せに仰天した。
「そんな馬鹿な! 鷹ノ巣に砦が出来ているだと? 物見の者は何をしていたのだ!」
勝頼はすぐに兵八〇〇を集めて出陣した。そして鷹ノ巣に近づくにつれ、確かに平地の中にドンッと砦が築かれていた。すでに馬止や城壁は完成しており、幾つもの櫓には弓を持つ兵たちがいる。
「殿、これは簡単には落とせませぬ」
「
安東と浅利の係争地である鷹ノ巣の南には、独立した国人「嘉成氏」がいる。阿仁川流域を領地としていることから阿仁衆とも呼ばれ、米内沢城という堅城を本拠地としていた。
その嘉成常陸介
(南部家に味方しようとも思っていたが、こうなると話は別だな)
嘉成家は決して豊かではないが、地理的関係から戦に巻き込まれることがなく、鎌倉以来平和に暮らしてきた。本領安堵が認められるのであらば、従属相手は南部でも安東でも良い。そして、糠部からやってきた見ず知らずの南部よりも、代々付き合いのアル安東のほうが信用できる。
「舜季殿が亡くなってどうなるかと思っていたが、太郎愛季殿か。中々、やるではないか」
まだ旗色を決めるわけにはいかない。表向きは中立姿勢を保つが、安東家と密かにつながりを持とう。嘉成資清は自室で筆を手にした。
石川左衛門尉高信は、比内大館からの報せにため息をついた。
「頼りないことよ。安東が抵抗するであろうことは予想出来ていたはず。先の冬に嘉成を味方にしておけばこうならなかったであろうに……」
だが責任の一端は高信にもある。浅利当主になったことに浮かれていた勝頼に、あえて釘を刺さなかったからだ。勝頼が酒色に溺れれば、それだけ国人衆から見放され、その後の南部家による統治がしやすくなる。そう考えていたのだが、勝頼は予想以上に愚かであった。
「ですが殿、これは由々しき事ですぞ。安東は比内に、天元の一手を打ち込んできました。この一手により、盤面の状勢は大きく変わりましょう。米内沢(※嘉成氏のこと)もそうですが、土崎や由利の調略にも影響が出かねませぬ」
金沢円松斎に言われるまでもない。鷹ノ巣に堅固な砦を築かれれば、安東への侵攻は極めて難しくなる。三日で建てられた急ごしらえの砦だそうだが、それでも砦である。攻めるには敵に数倍する兵力が必要になるだろう。そして今の浅利に、その力はない。そしてこれから農繁期になる。少なくとも九月までは、大規模な出陣は難しかった。
「それにしても、急造とはいえ三日で砦を建てるとは。この知恵、一体だれが…… あ、いやまさか」
「俺も同じことを考えた。新田吉松ならば、あるいは……」
「つまり安東の裏には新田がいると?」
「おらぬはずがあるまい。恐らく十三湊を使っておるのであろう。だが土崎湊ではない。檜山に近い能代であろうな。それにしても早い。早すぎる」
十三湊が活発に動き始めている。大量の材木が届き、賦役の勢いがさらに増したという報告があった。また油川からも、新田と共同で港湾整備と治水を行うという報せが来ている。寒村の油川に治水を行う資力があろうはずがない。新田による調略であることは疑いなかった。
だが表立って新田を責めることはできない。油川は従属しているとはいえ国人であり、不戦の盟を交わしている新田から、領内の治水について協力を得たところで、咎めようがないからだ。
「どうやら新田吉松殿は、内政のみならず、外渉、調略まで優れておるようですな。殿、相手は人外の化物です。化物相手に、約定を守る必要がありましょうか?」
不戦の盟を破り、仕掛けろと言っているのだ。本来であれば、口端に上るのも憚られるようなことであるが、それくらいしなければ新田には勝てない。金沢円松斎は本気でそう思っていた。
「駄目だ。強欲、冷酷、残忍などの言葉は、兄上は笑って聞き流すだろう。だが卑劣漢と蔑まれることは、南部家の名を汚すことになる。兄上も許容されまい」
その後しばらく、対新田について話し合いが行われたが、名案は出なかった。その夜、自宅に戻った金沢円松斎は自室に籠って考えていた。南部家は確かに膨張している。だがそれは泡のように簡単に弾けてしまうのではないか。一方の新田は、内部を充実させ確実に力をつけている。一度、戦に敗れたところで、簡単に崩れるようなことはないだろう。民が新田を支えるからだ。南部家が新田を飲み込むことは、まず不可能であった。
「せめて、殿の御家だけでも残さねば……」
金沢円松斎は迷いながらも筆を手にした。
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