第48話 手工業の限界

 昨年の冷夏とはうって変わって、天文二二年は好天に恵まれた。稲の育ちは順調で、大豊作が期待できる。だがそれは南部や浅利、安東でも同じである。農閑期に入れば鹿角から出羽地方では大きな合戦に入るであろうことは、誰もが予想していた。


ダーンッ


 陸奥田名部から少し離れた場所。大きな音がして、鳥が飛び立つ。ライフリングを施した新式銃の試験が続いているが、吉松の苦々しい表情は変わらない。


「これが、手工業の限界か……」


 吉松が開発しようとしていたのは、ポリゴナルライフリングを施したミニエー銃である。ポリゴナルライフリングとは、銃身の内部を多角柱にすることで、弾頭の中心が線ではなく面で接触する銃である。その作り方は、多角形を捩じった芯柱に鉄板を巻きつけて冷間鍛造するというもので、これは戦国時代の日本で行われていた鍛造技術がほぼ使える。さすがに冷間鍛造はできないが、熱した薄い鉄板を巻きつけて叩くことで銃身を作り、さらにその周囲に鉄板を巻きつけて補強する。火縄銃の銃身の作り方と同じであり、比較的簡単に、ライフリングはできた。

 またミニエー銃の最大の特徴である円錐形の弾(ミニエー弾)は、鉛からできるため、これもすぐに再現できた。グリスの代わりには獣脂を使っている。褐色火薬も、半燃炭を使うことで問題なく作ることができた。こうして、火縄式ではあるが一九世紀半ばに誕生した前装式銃の最高傑作を再現することはできた。見た目だけは……


「僅か一ミリの揺らぎ。この一ミリを安定させるのが工作機械というわけか」


 吉松や職人たちが苦しんでいるのは、すべての銃口の直径を「まったくの均一」にすることである。ライフル銃は、その特性上「銃口の直径より弾が大きい」ことが求められる。その弾が内部の施条に食い込んでジャイロ回転を生み出す。コンマ一ミリ以下というバランスが崩れれば、弾込めが困難になるか、あるいは施条に食い込まずそのまま発射されてしまう。一〇〇〇丁の鉄砲と数千発の弾丸がすべて、完全に均一でなければならない。


 だが職人たちが鎚を振るって、手作業で鍛造する火縄銃では、この均一さがどうしても再現できなかった。通常の火縄銃であれば問題ない。多少直径が違おうとも、弾の大きさは銃身の直径より小さいため、弾込めできれば問題ないのだ。だが施条銃の場合はそうはいかない。


「仕方がない。施条銃を並べての一斉射撃は難しいが、成功した銃は狙撃用として活用しよう」


 弾は均一な大きさにすることができるので、それを基準に成功した火縄銃を選んで、狙撃銃として活用する。他の銃は通常の火縄銃と同じように使う。作り続ければ結果的に、ミニエー銃の数も増えていくだろう。まさに「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」である。





「田名部は四万石、大畑と川内はそれぞれ一万五〇〇〇石、合計で七万石を超えるでしょう。稗、麦、大豆や他の作物も順調です。宇曽利郷はついに一〇万石の土地となりました」


 田名部吉右衛門が概要を説明する。紙一枚に要点をまとめているため解りやすい。こうした「報告の仕方」なども吉松が指導した。吉右衛門も今では立派な内政官オフィスワーカーとなっている。


「十三湊と旧浪岡領については?」


「ハッ…… 十三湊は、南条越中殿によって一定の成果は出ていますが、旧浪岡領については石高すら正確には把握できておりません。国人衆が隠しているというよりは、どうやら彼ら自身も、自分の土地の正しい石高を知らないようなのです。おおよそですが、十三湊と旧浪岡領で一二万石といったところでしょうか」


「フンッ…… 自分の土地から幾らの収益が出ているかを把握していないだと? それで経営者と呼べるか。やはり、鎌倉から続く一所懸命の弊害だな。管理という概念そのものが希薄なのだ。さて、どうしたものかな」


「田名部では現場監督者、内政官が育っております。そこで、その半数を浪岡と入れ替えてはどうでしょうか?」


「良いのか? 吉右衛門が苦労することになるぞ?」


「算盤が出来なかった者が、いまでは一反あたりの平均収穫量を暗算しています。苦労はしますが、育った者たちを見るのは喜びにもなります」


 良い管理職になったと吉松は目を細めて頷いた。内政官は原則的に几帳面でなければならない。だがそれだけでは人の上には立てない。部下が出来ないことに我慢し、出来るようになるまで粘り強く機会を与えて指導する。これが出来てはじめて上司となり得る。吉右衛門によって育てられた者たちが、次の管理職となっていくだろう。こうやって組織は大きくなっていく。


「良かろう。田名部は引き続き、吉右衛門に任せる。俺は浪岡と十三湊で内政官と国人衆を扱き上げる。俺は吉右衛門ほど優しくはないからな。一年様子を見て使えぬと判断したら、切り捨てるぞ」


「向き不向きがありますので。そうした者は案外、戦では活躍するやもしれません」


 戦まであと三年。兵は集められてもそれを指揮する将が不足している。内政に不向きな奴は、土地開発など諦めて「武将」として新田から禄を受ければよいのだ。実際、長門広益や南条越中守広継はそうしている。


「平地の少ない宇曽利郷では、頑張っても一五万石あたりが限界だろう。だが津軽には広大な平地がある。開発すれば一〇〇万石だって夢ではない。あと三年で、津軽領の石高を倍増させる。宇曽利一五万石、津軽三〇万石、併せて四五万石。常備兵五〇〇〇名、徴用兵一万名。一五〇〇〇の兵を整えたいところだが……」


「残念ですが、人の数が足りませぬ。もっとも、金崎屋殿が石巻までの航路を拓きましたので、そこから人を呼ぶことも可能かと存じます」


 新田家の噂は、奥州を中心に広まりつつある。紛争地帯である鹿角や出羽からも人が来るようになった。だがまだまだ人が足りない。新田は急速に拡張したため、膨張した風船のように内部がスカスカであった。南部との停戦期間である三年間で、その内部を充実させる。それが吉松の計画だった。





 出羽国比内郡を治める比内浅利氏は、壇ノ浦の戦いで活躍した浅利義遠よしとおを祖とする。周囲を安東、南部に囲まれながらも永らえたのは、浅利則頼のりよりの力が大きかった。

 だが天文一九年、浅利則頼が死去してからは、浅利氏は御家騒動となる。長男であり浅利家を継いだ浅利則祐は側室の子であった。正室との間に生まれた勝頼からすれば、自分こそが浅利家当主に相応しいと思うのも無理からぬことであった。二人の関係を織田家で例えるなら、信雄、信孝の関係に近い。


「それで、勝頼の奴はまだ不貞腐れているのか?」


 十狐城(独鈷城)において、浅利家当主浅利則祐は、面白くなさそうな表情を浮かべていた。相手は門脇典膳である。門脇典膳の息子である門脇政吉は幼い頃から才知を見せ、また絵画や音曲にも優れていた。そのため亡き則頼に気に入られ、娘の松を娶った。そうした関係から、門脇家は浅利家の外戚となり、門脇典膳も家老として十狐城にいる。


「宥めてはおるのですがどうにも…… 御一門衆としてもう少しお引き立てになられては?」


「冗談ではない。安東と密かに連絡を取ろうとした奴だぞ? 生きていられるだけでも感謝すべきなのだ」


 浅利則祐の弟である勝頼は、御家騒動のさなかに檜山安東家と密かに連絡を取り、支援を求めていた。本来であれば死罪にもあたるが、未遂であったことと、南部家という脅威が迫っていることから、ここで家の力を落とすわけにもいかず、叔父である浅利定頼のところで蟄居していた。


「それで、叔父上からの返事は?」


「相変わらずです。当主であれば、御自分の手で家を纏められよと」


「まさか叔父上まで裏切っているのではあるまいな?」


「まさか。定頼様は豪放にして義を重んじる方です。御家を裏切るなどあり得ません」


 浅利定頼は政略にはまったく関心を示さず、ひたすら戦に出るような猛将であった。織田家でいえば柴田勝家が近いだろう。実際、幾度も安東の侵攻を弾き返しており、浅利の軍事を一手に握っているといってもよい。


「それで、金助(門脇政吉のこと)の様子はどうだ?」


「倅は、あまり戦を好んでおりませぬ故、家で絵などを描いております。御味方せよと伝えたのですが、家のことは兄たちに任せると……」


「チッ…… 金助め。絵を描く暇があるのなら、叔父上の説得に行けば良いものを」


 則祐は舌打ちして爪を噛んだ。戦嫌いなどといいながらも、門脇政吉は若年ながら武功も挙げており、重鎮である浅利定頼からの評価も高い。だが権力志向がまったくなく、日がな書画に興じ、愛妻である松の方と戯れるという日々を過ごしている。当主として神経をすり減らしている則祐からすれば、ごく潰しに見えた。


 一方その頃、当主であり義兄からごく潰し扱いされている当の本人は、鷹の絵を描き終えて満足していた。妻が手を叩いて絵の出来を褒め称える。


「お前様? そろそろお城に行かなくても宜しいのですか? 兄上も苛立っていると思いますけど?」


「登城したところで南部や安東への愚痴を聞かされて終わりだよ。いや、最近は下の兄(勝頼のこと)についても罵っているからね。僕の心がささくれてしまう。いっそのこと、家を捨てて逃げ出したいくらいだよ」


「お前様が行くところなら、私はどこまでもお供しますよ?」


「ありがとう」


 およそ戦国時代とは思えない、長閑な夫婦がそこにいた。

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