第四章 両雄激突

第46話 忍び一人

 四方を海に囲まれた日本は古来、海運が盛んであった。古くは魏志倭人伝にも日本の海外交易について出てくる。飛鳥朝から始まる遣隋使、遣唐使による大陸との交易は、日本の歴史に大きな影響を与えた。こうした国際交易は、鎌倉時代にはほぼ日本全土に及ぶようになり、青森県十三湊や宮城県石巻からは、琉球や寧波(現在の上海)との交易の記録が見られる。石巻を出た船は、房総半島を通って伊豆半島の六浦へ、大阪から瀬戸内海を通って博多へといった航路を取っていた。

 しかしこれは命懸けの航路であった。海外との交易は、船が戻らないこともしばしばあり、損益を考えない国家プロジェクトの性格を持っていた。当然ながら、営利目的の民間企業(いわゆる商人)ではこのようなリスクを取るわけにはいかないため、民間の海運業は比較的安全な国内航路を中心に発展した。


 十三湊、敦賀、博多など日本海側の港は、良港となる入り江が比較的多かったこともあり、平安時代にはすでに発展していた。一方、太平洋側は大阪や伊勢大湊、伊豆下田などが交易港として発展したが、北日本はそこまで発展しなかった。八戸や石巻などは良港として発展したが、関東以西との交易は難しかった。犬吠埼、そして房総半島という難所が存在したためである。


 北日本と関東とを結ぶ太平洋側の航路が完成を見るのは、江戸時代に入ってからである。材木屋を営んでいた河村瑞賢かわむらずいけんは、幕府の命を受けて、奥州から江戸まで米を廻すための航路を開発した。各地に港と灯台を設置し、沈没に備えての緊急救護体制を整えた。これにより寛文一一年(一六七一年)、阿武隈川河口の荒川から沿岸で南下し、房総半島を迂回して下田に入り、西南風を受けて江戸に入るという航路を完成させた。これを東廻り航路という。

 河村瑞賢はその翌年に、出羽酒田から日本海、瀬戸内海を通り、紀伊半島を迂回して伊豆下田に至る西廻り航路を完成させた。こうして江戸を中心とする東廻り、西廻りの海上物流網が完成したのである。河村瑞賢は、各地での入港税免除や水先案内船の整備に尽力し、日本国海運の基礎を完成させた男として今日でも伝わっている。





 天文二二年(一五五三年)夏、新田吉松は田名部、浪岡、十三湊と忙しく飛び回っていた。蠣崎家や浪岡家の若手文官を取り入れたとはいえ、田名部での取り組みは新発想が多いため、現場では混乱も起きる。吉松はそれを一つ一つ解決し、新田領全体の生産性向上に取り組んでいた。

 だがこの日、久々に田名部に戻った吉松は、猿ヶ森から出向した東廻りの船についての報告を受け、畳の上でぐったりとしていた。


「殿? お体の具合が悪いのですか?」


 女性の声が聞こえる。顔を上げると、南部籾二郎宗継であった。吉松は首を振って、畳の上でグテーとなった。


「すまん、籾二郎。北条へは行けなくなりそうだ。船が石巻以南には行けず、戻ってきおった」


「はぁ……」


「まさか東廻りの航路がここまで危険だったとは思わなかった。俺が設計した船は、随所に改良を加えた最新の弁財船だぞ? 江戸大阪を一〇日で航行することが可能な船だ。それでも東廻りはダメか」


「はぁ……」


 籾二郎が正座で座る。吉松が何を言っているのか半分も理解できていない。ただ、自分の思い通りにいかずに落ち込んでいるということは理解できたようだ。言葉遣いは男性だが、男装の麗人にしか見えない。吉松はゴロリと仰向けになり天井を見つめた。


「……ヤケ酒を飲みたいな」


 プッと籾二郎が噴き出した。吉松は少しだけ機嫌が直った。むくりと起き上がり、畳に胡坐する。


「やむを得ん。銭衛門には越後、越前で忍びを集めてもらおう。使える奴がいるかはわからんが、何もせずに諦めるよりかは良かろう。風間出羽守と接触出来たらなぁ。誰か紹介してもらえるかもしれないんだが……」


「殿の仰られる、諜報および工作の専門部隊については、某も考えてみました。山の民や河原者を集めて、そうした部隊を作ってはどうでしょうか?」


「あぁ…… 甲賀や伊賀などの忍び集団は、元々はそうした者たちが出身のはずだ。だがいずれにしても指導者が必要だ。忍びの技術は武家には伝わっていない。だから教えようがない。忍びは忍びでしか育てられん。誰かいないかなぁ……」


 ガックリと肩を落とす。浪岡や十三湊では「毒味」を置いた。そのため冷めた飯しか食べられず、吉松は不満であった。新田は大きくなった。今後は忍びを置いて身辺警護をする必要がある。大金を積んででも銭衛門に依頼しようと決意した。





「そうか。越後でも越前でも見つからないか」


「へぇ、申し訳ありません。やはりそうした者は中々……」


「よい。忍びが自分を忍びだと言って接触してくるはずがない。そうした者は偽物よ。苦労を掛けたな、銭衛門」


 文月(旧暦七月)も終わるころ、金崎屋銭衛門が田名部に来た。だが吉松の依頼は簡単には果たせそうになかった。自らを忍びだと明かして雇われようとする者など、大抵は野盗崩れで使い物にならない。それは吉松も理解していた。


(参ったな。どうしたものか……)


 暑い夜であったが、吉松は麻一枚を掛け布団にして寝ていた。だが意識のどこかは覚醒していて、これからについてツラツラと考えていた。微かに気配を感じた。瞬間、吉松は跳ね起きた。


「お見事…… 神童でございまするな」


 特徴のない顔をした男が、部屋の隅に座っていた。脇差を自分の前に置いている。危害を加えないという意思を示す作法だが、そんなものはなんの信用にもならない。


「何者だ?」


「忍びを探しているとお聞きしました。手前、些か心得がございます。昔、風間かざまの家に少々世話になったことがあり、手ほどきを受けました」


「なるほど。俺がなぜ、忍びを探しているか、理解しているか?」


「この地にて、いくらか見聞致しました。新田は急速に大きくなり、いまや奥州でも指折りの大名。されど目の前には巨大な敵が構えている。それに備え、乱破らっぱを組織しようとしておられる……」


「その通りだが、俺は乱破や素破すっぱ、あるいは草といった呼び方が嫌いだ。俺は人を生まれで差別したりはせぬ。人の貴賤は、生まれではなくどう生きたかで決まると思っている。そこで聞く。なぜこの北限の地に来た。畿内や関東であれば、幾らでも働く場所があろう?」


「確かに。某、関東で働いておりました。管領様を御守りしていたのですが、残念ながら……」


 天文二一年、関東管領上杉憲政は、武蔵国御嶽城において北条に敗れた。その結果、箕輪長野氏、安中氏などが離反し、長尾家を頼って逃げることになる。


「御嫡男、龍若丸様を御救いすることもできず、生き恥を晒しておりました。遠き地にて心機一転したく思っていた時に、吉松様の話を耳にしたのでございます」


「嘘だな」


 ピクリと男が反応した。


「生き恥? それは武士の考え方だ。どこまでも現実に生きる忍びが、そんなことを考えるか。風間に世話になったと言っていたな。北条が召し抱えている風魔衆との暗闘に敗れた。それがきっかけか?」


 男は表情を変えることなく、気配だけが変わった。だが殺気ではない。それは野望に燃える気配であった。


「風魔衆との戦いで気づきました。一人では限界がある。だから自分の手で忍び衆を作りたい。そして再び風魔に、風間出羽守に挑みたい。そうした思いに焦がれてしまったのです」


 吉松は肩を揺らして笑った。生き恥だの復讐だのよりよっぽど説得力がある。要するにこの男は、株式会社忍び衆という会社を起こしたいのだ。そして大企業である風魔衆に挑みたい。そしていつか、(忍び)業界一位を取りたい。そうした野望に燃えているのだ。


(要するに俺はスポンサー、ベンチャーキャピタルのようなものか)


「良かろう。お前を召し抱える」


「雇うのではなく、でございますか?」


「そうだ。お前が結成した忍び衆もすべて召し抱える。金は惜しまん。日ノ本随一の忍び衆を組織せよ。それこそ数百年後の歴史にも伝説として残るほどのな」


「……あ、有りがたき幸せ」


 それまで無表情だった男の顔に、ようやく感情が表れた。吉松としても満足であった。これからの新田には、忍びは絶対に欠かせない。それがようやく手に入ったのだ。そう思った時、ようやく気付いた。


「そういえば、まだ名を聞いていなかったな。忍びに名があるかどうかは知らないが……」


「生まれの名は捨てましてございます。今は、加藤段蔵と名乗っておりまする」


「そうか。宜しく頼む」


(まさか、鳶加藤かよ!)


 それこそ跳びあがる程にうれしかったが、その感情はどうにか押し殺した。

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