第45話 束の間の平和

 浪岡城内館で、吉松は今後についての話し合いを家臣と行っていた。長門広益、南条広継の他、下国師季、浪岡具統、浪岡具運、そして蠣崎彦太郎がいる。


「殿、ひとまずは国人衆も臣従し、宜しゅうございましたな」


 広益の言葉に、吉松は失笑した。


「面従腹背よ。あの評定一つで、数百年守り続けた土地を失うことに、納得すると思うか? 取り敢えず、表面だけでも頷かなければ滅ぼされる。だから従ったフリをしたのだ。まぁ半分も残れば良しとすべきであろうな」


「では、やはり裏切りますか?」


「南部、大光寺あたりと連絡を取る。臣従したということを理解せず、勝手に動こうとするであろう。間もなく、猿ヶ森で船が完成する。そうなれば東回りで北条と繋がりを持つことが出来る。風魔衆を呼ぶぞ。ここからは、諜報活動が重要になる」


 広継はすぐに理解したようだが、他の者たちはまだ理解が及んでいない。畿内ではすでに当たり前となっている甲賀や伊賀などを使った諜報活動が、奥州にはまだ浸透していない。


「奥州人は良くも悪くも素朴で純真だからな。謀略、駆け引き、裏切りが当たり前の畿内とは違う。だが南部家と対峙する以上、そこから逃れることはできん」


 その後は今後の統治の仕方についての話し合いとなった。


「田名部から人や物を運ぶにあたっては、十三湊では不便だ。陸奥乃海ならば比較的安全に航行できる。そこで、油川ゆかわ(現在の青森市北西部)の奥瀬と繋がりを持つ。新城川を使った物流を構築する。これにより、田名部、十三湊、浪岡の三つが三角形で結ばれる」


 吉松は陸奥、津軽地方の手製の地図を出して説明する。現代の地図と比べれば精度は著しく劣るが、それでもこの時代では最高精度の地図に近い。


「夏泊に大島という突き出た島がある。ここに灯台を設置する。夜間だけ灯りをつけるようにするのだ。それにより、行き来はより安全になる。そしていずれは、奥瀬も新田に臣従させる」


 浪岡から五所川原までが新田領となったため、津軽半島は西と東で分断されたと言ってよい。油川があるのは浪岡の北東部、南部家に従属する石川、大浦、大光寺は浪岡の南部から南西である。そして浪岡の南東部には広大な八甲田山系が広がっている。浪岡を避けて油川から石川城までを繋ぐことは不可能に近い。つまり新田家は、津軽における物流の大動脈を押さえたことになる。


「南部晴政が必死に鹿角を押さえようとしたのも、石川と三戸を繋ぐための新たな道を作るためだ。だがその道はまだ整備されておらず、しかも浅利が隣接している。浪岡弾正大弼殿は、浪岡城の地理的優位性をよくご存じだった。だから南部家と争いつつも、関所の通行を認めていた。南部家から税を取ることで、浪岡を豊かにしようとしたのだ。だが浪岡の持主は俺に変わった。さてどうするかな?」


 パチリと扇子が音を立てた。吉松の表情が、およそ七歳児とは思えないほどの「悪相」へと変わる。その表情を初めてみた下国師季、浪岡具統、浪岡具運は、一様に背中に汗が流れた。


(父上は正しかった。この発想、この不敵さ。およそ七歳の童のものではない)


 自分の決断が正しかったことに具統は安堵しつつ、この怪物を敵に回すことになるかもしれない国人衆たちに、憐れみさえ覚えた。


「殿、南部を東西で分断されますか?」


 吉松に当てられたのか、南条越中守広継までも、薄笑みを浮かべて悪い貌になっている。イケメンがそんな表情をするんじゃないと思いつつ、吉松は自分の頬を揉んで童の貌に戻った。


「いや、むしろ物の流れを活性化させる。関所は置くが、税は取らん。新田の名と共に、田名部、十三湊、浪岡の名産品を奥州全体にばら撒く。良い暮らしがしたかったら新田に来い。新田に来れば、飢えず、震えず、怯えることなく幸せに暮らせる。そうした噂をばら撒くのだ」


「なるほど。流れを活性化させれば、それだけ多くの人が集まりますからな。そして多くの者に御家の評判が伝わるでしょう。それはやがて、自分の土地との比較を生み出し……」


「なぜ自分たちは新田の民のように暮らせないのかと思うようになるであろうなぁ。誰のせいだ。誰が悪いのだ。新田のように土地を拓き、物産を活性化させないのは一体誰だ?となる。人間とは自分と他人を比べて嫉妬し、妬む生き物なのだ。クックックッ……」


「殿、御貌おかおが……」


 元のイケメンに戻った広継が、やんわりと指摘する。吉松は再び、自分の頬を揉んだ。そしてポンと膝を叩いて、童らしい声を出した。


「と、いうわけだ。簡単にはいかぬであろうが、夢と遣り甲斐がありそうだろう? 具統、具運、手伝ってもらうぞ」


「「ハッ」」


 子供らしくニコニコと笑う吉松に、二人は緊張したまま頭を下げた。




 浪岡城から南へ一〇里(約四〇キロ)、六羽川が流れる畔にあるのが「大光寺城」である。天文年間では、浪岡、大浦と並ぶ津軽三大名に数えられた大光寺氏だが、元々は南部氏から分かれた家柄である。「津軽郡中名字」には平賀郡二八〇〇町は大光寺南部遠州源政行と申也とある。石高にしておよそ一五〇〇〇石~二〇〇〇〇石に達する大光寺家の当主は、大光寺遠江守政行(※景行ともいう)である。


「浪岡が墜ちたか……」


 書状を読んでいた大光寺遠江守政行は、眉間を険しくして呟いた。送り主は、浪岡弾正少弼具統である。また新田吉松からの書状もそれに付随していた。


「大光寺と事を構える気はなく、関所の税を無くすゆえ、今後も良しなに…… フン、抜けぬけとほざきよるわ」


「殿、如何されますか? 三戸は新田と不戦の盟を結んでおります。我らが動くという訳には……」


「戦は仕掛けぬ。礼に即した返事も送ってやる。だが浪岡以外の国人衆には別よ。それとなく接触するのだ。新田への臣従を良しとせぬ国人もおろう。寝返らせるか、あるいは乱を起こさせる」


「なるほど。ではそれとなく接触を図りまする」


 大光寺氏は南部一族とはいえ、一個の国人である。戦の自由も調略の自由も持っている。三戸南部家に従属している以上、さすがに浪岡城を攻めるわけにはいかないが、調略は問題ない。吉松の予想通り、大光寺氏の触手が伸び始めていた。


 一方、石川左衛門尉高信も、浪岡臣従の報せを受けていた。予想していたため、驚きはない。だが予想外だったのは五所川原での戦いぶりである。


「雷鳴のような音を出す武器? 御坊、聞いたことがあるか?」


「はて、拙僧も聞いたことがありませぬな。文永弘安の合戦の際に、そのような武器が用いられたという話を聞いた覚えはありますが……」


 金沢円松斎も首を傾げた。高信はより詳細な情報を調べるように命じた。


「弓すら届かぬほどに離れているのに、人が次々と倒れたそうだ。だが人が為したことである以上、妖術であろうはずがない。何かある。我らが知らぬ何かを、新田は使っておるのだ」


(我らは騎馬が主体の軍。唯一警戒しているのは、遠方からの弓矢であったが、これはそれ以上だ。何としても調べ上げ、対策を練らねば…‥‥)


「殿、新田から書状が届いたとか?」


「関所の通行料を無くすそうだ。調べはするが、好きに通って構わんと言ってきた」


「ホッ! なるほど、富裕な新田だからこそできることですな。殿は新田の狙いにお気づきか?」


「気づいておるわ。民を集め、新田の繁栄を見せつける。また国人衆の離反を押さえるためでもあろう。離反すれば物の流れが滞り、領地に逼塞することになるからな。上手い手を考える」


「確かに。ですがこちらにも利はありまする。野辺地や油川との行き来も楽になりましょう。相手に利を与えるが、自分はそれ以上に大きな利を得る。これが新田のやり方ですな」


「急がねばならぬ。不戦の盟はあと三年。その間は、新田は大人しくしておろう。新田が浪岡を得たことで、我らは後ろを気にすることなく、全軍を浅利に向けられる」


金沢円松斎は頷いた。三年で、浅利と檜山安東を攻め落とす。そして三年後、津軽と陸奥で新田と決戦に及ぶ。それが南部晴政と石川高信の見通しであり、吉松も予想していたことであった。


 こうして水面下では様々な動きがありつつも、津軽地方はようやく一時の平和を得た。天文二二年(一五五三年)水無月(旧暦六月)、冷夏だった昨年とはうって変わって、暑い夏となっていた。


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