第36話 鉄砲伝来

 天文二一年葉月(旧暦八月)、吉松が待ち望んでいたものがついに田名部に届いた。鉄砲である。


「ヘヘヘッ、苦労しましたが何とか五丁をお持ちすることができました。ですが、やはり鍛冶師のほうは……」


「良い。なまじ太刀づくりに馴れた鍛冶師など、俺が考える製造工程には不要だ。よくやってくれたぞ、銭衛門」


「いえいえ。殿様が下された良銭のお陰です。アレは使えますなぁ~ 一丁三〇〇貫と言われたのですが、銭の出来のおかげで、なんとか二〇〇貫まで値切りました」


「クックックッ……所詮は銅の塊に過ぎぬのに、それが人間の英知の塊である鉄砲に化ける。向こうは職人が汗水たらして丹精込めて作った品。一方のこちらはちょちょっと銅を加工しただけの、幾らでも作れる銭。それで交換できてしまうのだから、ボロい商売よ」


「ウヒヒッ、さすがは殿様。悪人商売上手ですなぁ」


「ハッハッハッ、そう褒めるな」


 悪徳商人金崎屋極悪大名吉松が、顔を見合わせてクククッと笑い合う。その場に居合わせた盛政と吉右衛門は慣れているが、初めて見る南条広継は吉松の表情に思わず引いた。


(子供が悪戯を考えているという程度の貌ではない。非道、卑劣、まさに悪の象徴のような…… いや、だからこそ神童なのだ。私は決して、お仕えする主を間違えたわけではない!)


 吉松としては遊びのつもりで話しており、金崎屋善衛門もそれを理解して付き合っている。だがそれを知らない者からすれば、この場で極悪非道な話し合いが行われているように見えても仕方がなかった。


「それで、実際にこの種子島を撃てる者を連れてきてくれたとか?」


「はい、一名だけですが慣れた者をお連れしました」


 早速、用意させる。今回は玉も火薬もすべて購入してきたものだ。新田領では硝石製造も行っており、すでに完成している。あとは鉄砲を待つだけであった。


ダァーンッ


 大きな音がして、三〇歩ほど離れた場所の的が砕ける。なるほど、中々の腕前だ。だが吉松は初見で、火縄銃の欠点を看破した。無論、それは口にはしない。田名部で秘密裏に改良すれば良いのだ。


「的が砕けるとはな。じゃが、確かに威力は強いが、使うまでに時間が掛かりすぎる。弓と比べて連射もできん。なにより高い。吉松よ、これは使えぬのではないか?」


「先代様のご意見に、某も同意します。それに、中には別の理由で嫌う者もいるでしょう。古来より、戦とは己の力で武器を使いこなすものでございます。ですがこの種子島は、誰が使っても同じ。つまり人が人を殺すのではなく、武器が人を殺すというものでございます。それを卑怯と感じる者も多いかと……」


 盛政の意見に広継も同意し、さらには人が武器を使うのではなく、武器に人が使われると指摘した。確かにそういう見解もあるだろう。火器の登場によって、益荒男の時代は終わった。これは東西において戦士たちが嘆いたことである。

 だが吉松からすれば「それがどうした」であった。効率と成果を最重要視する吉松からすれば、太刀で死のうが毒で死のうが鉄砲で死のうが、人が死ぬのには変わりはない。


「確かに一丁では、戦を変えるほどの効果はないだろう。そこでこの種子島を分解し、田名部で製造できるようにする。最終的には数万丁を用意したい。それを一斉に発射する。当てようと思う必要はない。一定の広さの場所に、一定の間隔で、一定の量の弾を打ち込む。倒すのではなく、駆除するという考え方に近いな」


「殿……」


 広継は震えた。確かに、一万でも集まれば大きな力にはなるだろう。だがそれは戦といえるのか。一方的な殺戮ではないか。武士の戦い方ではないと思った。


「確かに、これまでの戦とは姿が変わる。だが結果的には、より多くの人が死なずに済む。皆、戦う前に降伏するだろう。敵も味方も、より多くの命が救われるのだ」


 そうかもしれない。だがそれは、先が見える者の話だ。そうではない者も多いのだ。何千、何万もの種子島が待ち構えているところに騎馬隊を突撃させるような愚将もいるだろう。そうなれば……


「うつけな将も多いからな。だがそうした殺戮をせずに済むのなら、それに越したことはない。いずれ天下泰平となれば、そうした戦もなくなるだろう。子のため、孫のためにあえて殺戮者と恐れられる。多くの者が安寧に暮らせるために、あえて悪人の道を進む。そう思うと飯は喉を通らず、夜も眠れぬわ。なんとも因果なものよな」


 吉松は辛そうな表情を浮かべた。だが実際にはおかわりするほど飯を喰らうし、夜はぐっすりと熟睡しているのである。毛ほども悩んでいない。戦で死にたくないのなら出てくるな。降伏して、お前の持っている土地を俺によこせ。俺が統治したほうがより多くが幸せになるのだ。吉松は一片の疑いもなく、そう思っていた。


「まさに、殿様のお考えは御仏の道にも続くものでございまするな。苦悩を持たれ中がらも、より多くのために功徳を施す。本当に殿様は、悪人お人よしですなぁ」


「「ハーハッハッハッ!!」」


 いつの間にか極悪な貌を浮かべていた二人が高笑いをした。




「殿様、こいつは中々、厄介ですぜ?」


 分解された種子島(以下、鉄砲で統一)を前に、鍛冶師たちが唸っていた。鉄砲が伝来したとき、日本には「螺子ねじ」が存在しなかった。だが日本で最初の鉄砲鍛冶師である八板金兵衛やいたきんべえは、およそ一年で鉄砲の国産化に成功している。つまり再現は不可能ではない。


「まずは皆、同じものを作ってみてくれ。そのうえで、これをさらに改良する」


 鉄砲の最大の欠点は構え方にある。銃床を肩に当てて安定させるという構え方ではなく、頬付け型という構え方である。これは弓と似た構え方なので、慣れた動作だという利点はあるが、火縄銃の重さはおよそ四キロあり、長時間構えることが難しい。そのため吉松は、まず構え方から変えようと考えた。


「銃床を工夫し、肩に当てて安定させるようにする。次に施条と弾丸の工夫だ。さすがに後装や雷管式は難しいかもしれないが、前装の火縄銃でも、弾丸を工夫することで射程距離を伸ばせるはずだ」


 あとは製造工程の工夫である。一人ですべてを組み立てるのではなく、それぞれが部品パーツを作り、最後に組み立てるという分担式を取り入れる。また部品の大きさ、重さを規格化し、同じものは同じ大きさ、重さで作るようにする。そのためには品質を確認する道具も必要になる。


「最終的には月産三〇〇丁、年三六〇〇丁を生産できる体制を整えたい。だが施条は繊細な作業だから、時間が掛かる。普通の火縄銃にして、弾丸の工夫と早合だけ、先に実用化するか」


 新田領が二〇万石に届けば、動員可能兵力は常備兵だけで六〇〇〇人になる。そのうち半分に銃を持たせれば、南部の騎馬隊を相手にしても恐れることはない。和睦期間で、その体制を構築するつもりであった。


「ついでに硝石の輸出も開始するか。近畿では硝石の需要が増しているからな。人間の糞で硝石を作って、それで新しい人間を仕入れて、その糞でまた硝石を……」


 気づいたら鍛冶師たちが震えていた。吉松は己の頬を揉んで、童らしい笑顔を浮かべた。

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