第12話 吉松治世の成果

 田名部においてもようやく収穫の季節がやってきた。米、稗、麦といった穀物や、茄子、大根、牛蒡などの野菜類、そして山々には茸や山菜がある。三〇〇〇人が総出でそれらを収穫していく。


「それぞれの収穫量を記録するのだ。特に山の幸は、どのあたりで収穫できたのか、大体で構わないので位置も明記せよ」


 熊、鹿、猪が運ばれてくる。これらは狩人またぎ部隊が獲ったものだ。石弓によって狩りの成果が飛躍的に増している。特に鹿は繁殖力が強く、定期的に山を手入れしているため一気に増えた。獲った獲物は血抜きをして川で肉の温度を下げ、丁寧に革を剥いでいく。毛皮は冬の敷物として使うほか、上着や履物としても必要不可欠である。だから山を手入れし、常に一定以上の獣がいるように山を維持する。この地がまだ蝦夷えみしだったころから続く、民の知恵であった。


「魚の干物、昆布も問題ないな。ホタテの貝柱も昨年以上だ。漬物も良し、稗酒も良し……」


 神無月(旧暦一〇月)になれば、田名部では雪が降り始める。その前に越冬の準備を終えなければならない。それは正に「厳冬との戦争」そのものであった。現場で指揮する吉右衛門は、一つ一つを丁寧に確認しながら進めていく。このために幾つもの蔵や陸奥漆喰(※コンクリート)の地下貯蔵庫を用意していた。そこに整然と運び込まれていく。


「こりゃぁ、今年は楽に年を越せそうだな!」


 皆が笑顔を浮かべる。吉松の改革によって、田名部は空前の好景気であった。南部領において、田名部はもっとも豊かな土地になったといえるだろう。だが吉松本人はまったく浮かれていなかった。それどころか眉間をやや険しくしている。盛政がその表情に気づいて声を掛けた。


「吉松よ。どうしたのじゃ? なにか不満があるのか?」


「いや…… ただ、些かでき過ぎだと思った。今年は良いが、来年はここまで収穫できるか解らぬ。だから更なる改革によって生産性の向上を図らねばならん。越冬の準備が終わったら、今年の反省を行うぞ。来年に向けて、課題を考えたい」


 吉松としては、この程度で満足してもらっては困るのだ。やるべきこと、やりたいことは山ほどある。だが一気に行うには人手も資力も足りなさすぎる。一つ一つ片付けていくしかない。


「若様、金崎屋殿がお越しになりました」


 収穫の時期を見越して、金崎屋善衛門が今年最後の交易にやってきた。




「いやはや、お借りした五〇〇石船は素晴らしいですな。むしろ帆とは船足が段違いです」


 吉松は小姓の松千代に命じて、稗酒を出してやった。今年最後の交易である。これくらいの持て成しはしてやってもいいだろう。


「米三〇〇石に石鹸と炭団、そしてこの稗酒を出そう。徳山からは何人くらい連れてきた?」


「ハイ、五〇人です。若狭守様(蠣崎季広すえひろ)は蝦夷と和睦をされました。今後は交易にお力を入れられるご様子。ですがそれにより、マタギたちが動ける範囲が狭まったそうで、別の土地に行きたいという者も多かったのです。ハイ」


 マタギの仕事は狩りだけではない。マタギは「山の民」として、森そのものを信仰し、守っている。田名部でも恐山山系をはじめ、山々にはマタギが存在し、狩りと間伐、そして山の恵みを採っている。吉松はマタギの仕事に椎茸栽培を加えるつもりであった。


「マタギや職人、読み書きができる者、それ以上に、蝦夷の言葉を操る者がいてくれたのがうれしいな」


「蝦夷と和人との間に生まれた子のようで、苦労もしたようです」


 アベナンカという名の女性がやってきた。年齢は二〇歳程度であろうか。アイヌ民族独特の堀の深い顔とパッチリとした目の中々の美人であった。だが戦国時代の和人の美的感覚からすれば、どちらかといえば醜女しこめになるのかもしれない。


「ではそろそろ…… 若様、少し早いですが今年はお世話になりました。良いお年を……」


 五〇〇石船に米や炭団を満載させ、銭衛門は再び徳山へと船を出した。徳山で鮭や昆布などを仕入れ、それを越後などに売りに行く。いわゆる三角交易であった。

 吉松は五〇名の移民のうち、アイヌハーフであるアベナンカのみを残した。他の者は吉右衛門が差配するが、アベナンカは自分の世話をする侍女として、傍に置きたいと思ったのだ。


「蝦夷の言葉や文化を教えて欲しい。そのかわり、俺は大和文字を教えよう」


「私…… あまり喋るの、得意じゃない」


「構わん。この地ではアベナンカを差別する者はいない。当主である俺が許さん。さて、今夜は蝦夷の料理を作ってくれないか。確か、カムオハウだったか?」


 大きな瞳をパチクリとさせて、アベナンカは頷いた。




 アイヌ料理「オハウ」とは鍋料理のことだ。カムオハウとは肉が入ったオハウという意味で、肉と野菜、塩だけで味付けした鍋だ。野生の行者ニンニクや山ワサビによって肉の臭みが抑えられ、笹ダケやフキノトウ、ウドなどの山菜類、大根や牛蒡などの根野菜を入れる。そして灰汁は取らない。アイヌでは灰汁は薬効があると信じられているので、そのまま食べるのだ。


「肉の味がしっかり出ている。悪くない。それにこの稗酒とも合う」


 盛政はできたての稗酒を呷った。田名部館では酒を飲むのは盛政だけであったが、アベナンカが来たお陰で、酒の消費量が増えそうであった。アベナンカ、松千代や梅千代は別室で食事をしている。同じものを食べているが、部屋は違う。主従のけじめであった。


「それにしても、蝦夷の民を侍女に迎えるとはのう」


「正確には半分、蝦夷の血が入っているだけだ。この地に来た以上、俺にとっては皆、田名部の民だ。吉右衛門らにも決して差別をせぬように伝えてある」


 戦国時代の奥州においては、アイヌ民族はそこまで差別対象ではなかった。そもそも山の民であるマタギも、アイヌ民族が発祥だと言われている。極寒の地においては生きることに精いっぱいで、差別などしている暇はないのだ。


「丹波の豆が手に入った。来年は豆づくり、そして味噌づくりをするぞ」


「牛、馬、鶏も育てておるな。民たちも慣れてきた様子。来年はもう少し任せてみればよい」


「御爺の言う通りだな。新しい農法はともかく、覚えの早い者に米作りなどは任せるつもりだ」


(戦国時代の国人衆とは、二一世紀でいえば株式会社と暴力団組織の合いの子のようなものだからな。株式会社新田組といったところか。読み書きと計算が必要な行政官はともかく、既存生産ラインの現場監督者くらいは任せてみるか)


 田名部が更なる飛躍に向けて順調に動いていたころ、根城においては城代となった新田行政が八戸氏を取り仕切っていた。根城は馬淵川まべち沿いの丘の上にある風光明媚な平城で、五つの曲輪と空堀に囲まれた名城である。馬淵川は上流に三戸城、下流に湊を持つ豊かな河川で、川沿いでは稲作が盛んにおこなわれている。

 豊かな土地と馬淵川の利水によって根城は二万石近い石高を持つが、それだけ南部家の中での役目も大きい。高水寺と雫石の斯波御所とはたびたびの戦となっており、そのたびに兵を出している。そのため根城での暮らしは決して豊かではない。


 そんな時に本来の本拠地である田名部から、空前の豊作という知らせが届いたのだ。吉松が主体となって改革を行い、三〇〇〇石程度だった田名部は七〇〇〇石を超える収穫を得たという。根城と田名部の距離はおよそ四〇里(一二〇キロ)。野山を超えることを考えれば、片道でも最低五日はかかる。

 だが吉松は大畑という集落を新たに拓き、そこから船を出せば二日で八戸の湊まで行けるという。二年以内にはそうしたいと嬉しそうに手紙で知らせてきた。


「勝手なことをしおって……」


 行政は苦々しい気持ちでその手紙を読んだ。父親である盛政と比べると、自分が凡庸であることは自覚している。根城で城主面ができるのは、息子に八戸氏を継がせたからだ。あと一〇年もすれば長男の久松も元服し、城主として根城を治めることになる。そうなれば、自分が後見としてこの城に居続けられるかわからない。八戸氏の家老はそのまま残っているのだ。


「御城代様。東様、葛巻様がお越しです」


「待たせておけ。いま行く」


 吉松からの書状を文箱に収めた行政は、ため息とともに立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る