第8話 人手不足

 春になったらやりたかったことが「椎茸栽培」だ。戦国時代において椎茸は高級品であり、人工栽培で大量に収穫できれば、それだけで現金収入が得られる。だが栽培には時間が掛かる。

 まずはミズナラの木を根元から切り落とし、そのまま放置して葉を枯らす。続いて一メートル程度の長さに切って、一ヶ月間乾燥させる。次に植菌作業を行う。形成菌を使うと楽なのだが、この時代ではオガ屑で菌を培養したオガ菌くらいしかできない。ミズナラの幹に穴を開けてそこに棒でオガ屑を詰め込み、木を削って作った蓋を填める。あとは直射日光が当たらず、雨当たりと風通しの良い場所に仮伏せ、本伏せをすれば、椎茸の人工栽培が完成する。


(俺が調べたところ、オガ菌などを使わず、ただ木を組んで椎茸の発生を期待するという「半人工栽培」は江戸時代初期には誕生していた。ナタ目法だったかな? いずれにしろ、食料が増えることは良いことだ。いずれは菌床栽培によって、エノキやシメジ、マイタケも獲れるようになるだろう)


「若様。ご指示通り、ミズナラの木を組み終えました」


「うむ、ご苦労であった。信のおける者を茸場所たけばしょ役とせよ。茸類は、田名部の名産品になる。きわめて重要な役目なので、必ず田名部累代の者とするのだ」


 報告に来た吉右衛門に対して追加の指示を出す。齢三歳の吉松は、山の中を駆け回ることができない。そのため吉松は図面を用いて説明し、実際の現場監督は吉右衛門が行っていた。


「すまぬな。だが俺はまだ体が出来ていない。吉右衛門にばかり苦労を掛けてしまう。許せ」


「若様、そのようなことお気になさいますな。若様のご指示により、田名部は豊かになってきました。某、その一助を担っていると自負しておりまする。喜びこそ感じれど、苦労など感じませぬ」


 人は停滞によってやる気を失う。上手くいっている、豊かになっているという手ごたえが得られるのならば、人はバリバリと働けるものだ。高度経済成長期のサラリーマンが、まさにそうだった。


「吉右衛門よ。食事と睡眠は欠かすなよ。それに今、恐山の麓に湯治場を用意させている。少し離れておる故、足繁くは通えぬであろうが、完成次第、そなたに一番湯を与えよう」


「ハハッ、有りがたき幸せ」


 吉松としては、田名部館により近い矢立山の矢立温泉や、田名部川沿いの斗南温泉を掘りたかったが、あれらはすべて「動力揚湯ようとう」なので、この時代では温泉場とすることは難しい。田名部の近くならば恐山温泉、薬研温泉、湯野川温泉あたりなら自然湧出のため、簡単に温泉場を整備できる。


「ところでどうだ。松千代と梅千代の二人は?」


「二人ともだいぶ慣れてきたようにございます。二人にはいずれ、小姓頭として数人の面倒を見させようかと考えております」


 小姓として召し抱えた数え一〇歳の少年二人は、機転が利いて判断力もある。吉右衛門が直々に読み書きと計算を仕込んでおり、いずれは文官として成長してくれるだろう。吉右衛門を校長とした文官育成学校といえるだろうか。吉松が治める田名部領は発展しつつあるが、空前の好景気というわけではない。そこまで持っていくには人手が足りなさすぎるのだ。


「今日はもう休め。明日からまた忙しくなる」


 吉右衛門を下げると、吉松は書付に目を落とした。そこには、自分が知る最も効率的な「硝石づくり」の方法が書かれていた。




 田名部館から北に向けて道の整備が続いている。荷車二台が行き来しても余裕があるように、道幅は五間(およそ九メートル)を取っている。現代でいえば、片側一車線の車道に歩道までつけた長さといったところだろう。吉松はこれを新田領の主要街道の基準とした。かつての東海道もそれくらいの道幅だったと記憶していたため、そのまま採用したのである。


「時間は掛かるだろうが、この道を北は大畑家、西は川畑、東は猿ヶ森まで通す。砕いた石を敷き詰め、土固めで固めていく。だがまずは恐山までの道だ。山を拓いていくので大変だが、極めて重要だ」


 農作業が効率化したため、二〇人ばかりを土木作業員として確保することができた。彼らを五人一組として三日働いたら一日休みという形で回していく。食事は三食を新田家が出す。また家族のための扶持米も出す。形としては「雇用」である。


「土木作業員はいずれ戦でも活躍することになる。今は二〇人だが、いずれ数百人まで増やす。そう遠いことではないだろう」


 吉松の計算では、数年後には実現している話であった。口減らしの人を田名部が受け入れるという話は、津軽の石川城にも届いたらしく、数十人が再び送り込まれてきた。また稲も順調に育っているため、相当な収穫が見込める。農地拡張と街道による集落間の物流網を形成すれば、田名部は数万石まで成長できると考えていた。


「効率だ。とにかく効率だ。最小の労力で最大の成果を得る。そのためには計画し、実行し、そして検証する。これをひたすら繰り返すしかない」


 読み書きができる者、人の扱いが上手い者を優先して引き上げ、班長に任命していく。そして報告の仕方などを吉松自身が指導する。迂遠な報告や修飾語を使った誇大報告ではなく、まず悪いことを先に報告させ、次に良いことを報告させるように指導する。


「人は誰しも過ちを犯す。俺だって間違える。だから俺は、やらずに失敗したという怠惰を責めることはあっても、やって失敗したのなら責めたりはせぬ。失敗を受け止め、原因を突き止め、次はどうすればよいのかを考え、そして活かすのだ。それを学びというのだ」


 吉松は、前世では建設会社の経営者だった。そのため効率的な土木作業や建設作業を熟知している。だがそれ以上に吉松が気を使ったのは安全点検であった。点呼確認や声掛け、そして道具の手入れなどを詳しく伝え、必要なら馬で現場まで行って指導する。最初は仕方なく従っていた者たちも、指を怪我したり足を挟んだりといった事故を経験することで、安全点検の重要性を学んでいった。


「恐山はそれほど標高が高くないとはいえ、それでも田名部から山道を四里近く整備しなければならない。一日平均半町としてもおよそ三〇〇日、二年がかりだな」


 番匠の佐助に作って貰った「算盤」を弾いて、吉松は唸った。恐山は富士山のような単体の山ではなく「恐山山系」という山々で形成されている。ヒバやブナなどの木々が茂る森林地帯であり、熊、猪、鹿、狼も出る。作業では石弓(※クロスボウ)を持たせているが、作業人数がまだまだ足りない。


「人は増えてきているが、それでも田名部の人口は三五〇〇にも満たない。かといって、あまりに人を集めすぎるのも南部の中で目立ってしまう。他国から運ぼうにも船では一〇人から二〇人が限界であろう。陸の孤島というのは、防衛や情報機密には良いが、人が増えにくいというのが欠点だな」


 吉松はゴロリと寝転がって頭の後ろで手を組んだ。天井を見つめながら考える。


(もどかしいが、やはり一〇年くらいをかけてじっくりと田名部を成長させるしかないのか。やりたいことは山ほどあるんだがな。この時代には手付かずの安部城や陸奥鉱山からは金、銀、銅が採掘できる。灰吹き法を使えば、他国から粗銅を輸入して純度の高い銅を精製できるし、それで良銭を大量に鋳造すれば交易もさらに発展するだろう。蝦夷地との交易も行いたいな。アイヌ民族にカエデから採れるメープルシロップの技法を教える代わりに、鉱山開発の許可を得る。鴻之舞までは無理でも、石狩の手稲鉱山なら佐渡に匹敵する金が得られる…… ん? この足音は梅千代か?)


 足音が聞こえたため、吉松は体を起こした。襖の向こう側から声が掛かる。案の定、梅千代であった。


「若様、湊より報せです。船が到着したとのことです」


「船? 銭衛門か!」


 それは待ちに待った、金崎屋善衛門の再訪であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る