第30話 フーベットと、名も無き少女

Scene フーベット


「あなたは、本当はなんて名前なの?」

「……?」


起き上がった少女に問いかけるもただ首を傾げるだけだった。


「歌う災害なんて呼ばれているけど、本当はもっと素敵な名前を持っているんでしょ?」

「……(にんまり)」


言葉を発さずに微笑む。

果たして私の言葉を伝わっているのだろうか。


「なんて名前なの?」


小さな手を握りしめて問いかける。


「♪」

「わっ」


少女は満面の笑みを浮かべて私の胸に頭を預けてきた。

そして、んー、と声を発しながら何度も擦り付けてくる。

あまりに愛くるしいのでついつい頭を撫でてしまう。


「……もう、わからないでしょう?」


我が子のように抱き寄せる。

この感触が妙に懐かしく感じるのは気のせいだろうか。



「……フーベット、いる?」


扉を叩く音と同時にイロンデルさんの呼びかけが聞こえた。

彼女は私の返答を待たずに部屋に入ってきた。


「イロンデルさん」



「相変わらず仲良くしてるね。その子のことはファルコンから聞いてるのかな?」


ちらりとこの子の方を覗き見たイロンデルさんに怪訝な表情を向けてしまった。


「イロンデルさんも、この子が悪いものだと……?」

「やー違う違う! そんなつもりじゃないよ、噂に聞く「災害」とはイメージが全然違ったから気になっただけだよ」


顔の前に手を押し出しながら下がっていく。

そして咳払いをして話を切り出した。


「フーベット。君も見たところ体調は優れているようだし、家に戻ってもいい感じに見える。そしてその子もね」

「そうですね、イロンデルさんが昨晩くださったお薬のおかげで……」

「うん。それで病み上がりの所本当に申し訳ないんだけど、これから医院全体でちょっと忙しくなるかもなんだ」

「なにかあったのですか? 」


しばらく悩む様子を見せるも、1人で相槌を打って話した。


「隠してもすぐわかるだろうし、知っておいたほうがいいかも。また死人が出た。もしかしするとこれからまた新しく増える可能性もある。そこでなるべく部屋を空けないといけないんだ」

「そういうことでしたら、私は自宅に戻ってもいいのですが……」


少女の方に目線を落とす。


「君は結構その子に入れ込んでるらしい。見たところ本当に危険はなさそうだし、君に懐いてるし……どうだろう、その子もしばらく君の家に住まわせてあげるというのは」

「私の、家に」

「ファルコンにバレたら説教だけどねー。まあ私の方でもうまく言っておくよ」

「……この子に身寄りがないなら、私が代わりに」

「じゃあ私の方で支度はしておこう。なるべく村の人にもバレたくないから移動は夜にしようか」

「わかりました」


イロンデルさんは部屋から出て行った。

少女の方を見ると寝てしまっているようだった。

この子としばらく、一緒に住む。

そう思うとなぜかわくわくしてくる自分がいた。

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