第31話 水辺のふわふわ
「えーっと、これがあとどれくらいいるんだ……? 」
イロンデルの依頼に大人しく従って道端に生えている草を採ったりなどしている。
背負った籠はそこそこ重くなってきたがそれでも依頼の数量には届かないらしい。
「腰が……」
しばらくしゃがんで草むしりをしていたので腰に負担が走った。
成長はしないくせに老化はするのだろうか。
それにしても面食らった。
イロンデルからはすっかり遺体の調査とかを依頼されるものとばかり思っていたが、まさか薬の材料集めとは。
確かにこれも大事な仕事ではあるけども、なんだか雑用を押し付けられた下っ端のように思えてもやもやしていた。
「……もう陽が暮れてきた」
木漏れ日が暖かい色をしていた。
昼頃から作業を始めたのでかなりの時間を草むしりに費やしたらしい。
それにこの辺りにあった薬草も少なくなってきた。
流石に全て採りつくしてしまうともう生えなくなってしまう可能性があるので移動することにした。
……生えてない。
どこを探しても薬草が生えていない。
あの場所だけ異様に生えていたのか……。
生えてる場所もっと聞いておくべきだった……。
「……ん」
周囲を見渡しながら歩いていると変な気配がした。
目をやるとその箇所だけ暗い雰囲気が漂っていた。
ふわふわ、か。
それも後ろ姿しか見せないやつ。
立ち止まってふわふわを見つめる。
ふわふわは動かない。
いつものふわふわなので無視して通り過ぎようと思ったけれど、1人なのもあってか僅かに興味が湧いた。
「こんにちは」
挨拶してみた。
ふわふわは相変わらず背中を向けたままだ。
何度か同じように話しかけてみたけれどやっぱり反応はなかった。
当然か、所詮は過去の記録の残滓。
反応する方がおかしい。
目線を道に戻してその場を後にしようとした。
しかし同時にふわふわも動きだす。
それにつられてまたふわふわの方を見てしまった。
あの亡霊はまたいつものように森の奥へと進んでいくようだった。
「……」
ついていこう。
誰もその素顔を見たことがないというふわふわ。
他と違ってその姿にはもやがかかっていて、身体の形さえも掴めない。
人の形をしているかということさえ疑わしい。
移動速度も私の走るときと同じくらいだ。
厄介なのは木々をすり抜けて見失いそうになるところ。
私も何とか身体をくねらせて目の前の障害物を乗り越えていく。
こんなことに体力を使うべきじゃない。
早く薬草採集に戻るべきだ。
しかし……あの幽霊への興味が尽きない。
いや、興味という管轄を越えて本能があの朧気な誰かに追いつきたいと言っている。
アレが止まるところまで行きたい。
私もあの人と同じところへ……。
「水場……」
ふわふわの追跡も程しばらく経って開けた場所に出たのだった。
この森にこんなところがあったなんて知らなかった。
追っていたふわふわも目の前で止まっていた。
湖の方をずっと見ている。
もやは風に吹かれてたなびく衣服のように激しくゆらめいている。
もしかしすると彼女が生きていたこの瞬間には強風が吹いていたのかもしれない。
ふわふわを観察する。
すると、彼女が振り向いたような気がした。
「え……」
絶対に正面を見せないふわふわが自分から顔を見せた。
「———————」
その顔もまた、定かではなかった。
もやでかかって全く見えない。
だが口元だけがかろうじて見えていた。
「———————————————」
「え、なんて」
何かを話しているのはわかる。
しかしその声にさえももやがかかって正確に聞き取れない。
しかし明確にこちらに向かって何かを話しているようだった。
生前は私のいるところに他の誰かが立っていたのだろう。
「—————————————————————」
こちらに向かって指を差す。
自分に向けられたものではないとわかっているため特段驚くことはしない。
するとふわふわはゆっくりと、違う方向に指を向けていった。
「これは……! 」
そこには探していた薬草がかなり生えていた。
すぐにその場へ行き本物か確認する。
「本物……どうして? 」
ふわふわはその体勢のまま止まっていた。
彼女もまたここで薬草にまつわる何かをしていたのか。
「……うわっ!? 」
突然強い風が吹いた。
腕で顔を覆う。
その中でふわふわの方をちらりと見た。
「……は、? 」
この風が一瞬だけもやを払った。
一秒にも満たない時間、彼女の顔が見えてしまった。
「ちょっと……嘘、待って」
彼女はそのまま湖の方に倒れこんでいった。
「待って! 」
その声を聞きいれるはずもなく、亡霊はいつもと同じように水面下へと沈んでいった。
水面に顔を覗かせても自分の顔しか映っていない。
もうその場に、彼女はいないのだった。
「……うそ、だ」
見たものを気のせいだ、勘違いだと言い聞かせる。
「……悪い妄想だ」
立ち上がって空を仰ぐ。
目を強く瞑ってかかる負担で押し忘れようとする。
だがそれでも、瞼の裏にはその一瞬の画がどうしても焼き付いて離れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます