第28話 狐

一本の蝋燭の火を頼りに細かな作業をしていた。


「徹夜で研究?お医者さんは大変だね」

「……ん。コルボー。どうやって入ってきたの?医院は閉めたはずだけど」

「いつものことでしょう?気にしない気にしない」

「そか」

「……」

「……」

「ふふ」

「なに」

「何か話してみてよ」

「見ての通り今超集中してるんだ」

「じゃあ私が勝手に話そうかな」

「勝手にどーぞ」




「いつだか狐を見たんだ」

「いるんだ」

「生物としてじゃなくて概念として、一つの精神の在り方として見つけたんだ。君は前世の記憶はある?」

「ないけど」

「じゃあ、『ごんぎつね』って童話は? 私が花園に来てから知った話だけど、どうやら現世だと有名な話らしいんだ」

「それは知ってるよ。報われない子狐の話でしょ」

「そう。ごんは人間のために食べ物を持ってきたけど、その優しさは最後まで気づかれることなくその人間に撃たれてしまう……」

「それがどうしたの」

「私が見た狐はそれに似ていてね。身勝手な優しさで人を巻き込んで、たちまち不幸になりそうなやつなんだ。誰も幸せにならないくだらない些事を淡々とやってる」

「誰のこと?ひょっとしてファルコンのこと言ってる?」

「さあ。でもごんとは違うところがある。そこが厄介で手に負えない。質が悪い。その身勝手な優しさってやつは、本当に有難迷惑なものだったのさ。その愛を受けた人たちが幸せになることはない。嬉しいのは狐だけ。しかもその感情もその場で消費して終わり。はあ、全く、物語としてちっとも成り立ってない。可哀そうだ」

「可哀そうなら助けてあげなよ」

「狐ほど優れてはいないよ。私が助けるのは、本当に目的が見えなくなってる子限定。もう目的を持ってる子はね、その結末も自ずと絞られてしまう。軌道修正するのは、大変なんだよ?」

「わからないなー私には」

「狐だからね、人じゃない。人でないものの生なんて、誰も理解できないものさ」

「じゃあ、ごんぎつねに感情移入するのは?」

「結局は人が書いたものだからだろう? 人には人しか書けないさ。動物の気持ちなんてものも結局は人が想像したものだ。本当の動物にあるのは、ただ生きているという事実だけだよ」

「じゃあその狐は?」

「もちろん、人だとも。下手な作り手が頑張って創作した、下手な人さ」


そう言って烏は巣に帰った。

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