第26話 眠る災害
……。
ら、らら。
目を瞑っているとどこからか心安らぐような歌が聞こえてきた。
ら、らら。
聞き覚えがあるようだ。子守歌であるようだ。
らーららら。
柔らかくて暖かい声を聞いていると、瞼も脱力して……。
「いや、違う……」
はっとして起き上がる。
この歌は、そんな優しいものじゃない。
「災害」が歌っていた、呪いの歌だ。
その歌は部屋の外から聞こえてくる。
「行かなきゃ……」
この歌を止めないと。
のそりと寝具から降り、重い足を進ませてその声が聞こえてくる方向へ。
まるで何かに取りつかれたかのよう。
「行かなきゃ」
意識は完全にその声に向かっていた。
頭の中にはあの少女をいたぶる光景ばかりが広がっている。
「行かなきゃ、行かなきゃ」
その声帯を糸のようになるまで握りつぶさなければ。
剣はないけれど、喉を絞める手ならある。
あれほど小さな身体の子なら、造作もない。
歌が発生している部屋の扉の前に立った。
「私が、やらなければ」
扉を開く。
「ら~らら~♪」
「……?」
淑女が子守歌を歌っていた。
白い寝具の上ですやすやと寝息を立てる少女の額を撫でながら歌い聞かせていた。
「……」
眠る少女は、紛れもなく「歌う災害」だった。
遊び疲れた子供のように穏やかな寝顔をしている。
「……あ」
フーベットがこちらに気づくと歌を止め、申し訳なさそうに目線を落とした。
「これは、その」
「その少女は危険です」
「……」
「離れてください」
普段は自分から作っていた護衛としての意識が、不気味などにすんなりと機能した。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
するとフーベットが顔を上げ、口を開いた。
「この子は悪い子なんですか?」
「そうです。ただいるだけで、周囲に災いをもたらす」
フーベットは災害の寝顔を見る。
「そんな子には見えません。現に私はずっとここにいましたけど、悪いことは何一つ起こりませんでしたよ」
純粋な目。
強い意志を示す目線。
彼女に見つめられ続けて今まで頭の中に張り巡らされていた義務感という蜘蛛の巣が解けていった。
「……すみません」
一息ついて空いていた椅子に座る。
改めて眠り続ける「災害」を見た。
フーベットの言う通り、確かに無防備な寝顔を見せる少女からは危険な予感は感じられなかった。
「二人ともずっとこの部屋に?」
「いえ、元々別室で休んでいたのですが私の方からこの部屋に来たのです」
「それは、どうして?」
「この子の歌が私の部屋まで聞こえてきたので」
「また歌を?」
反射的に立ち上がるとフーベットがびくりとしてしまった。
すぐにしまった、と思った。
「……悪いことには、なりませんでした」
フーベットが上目遣いで私の機嫌を伺っていた。
なるべく静かに座り直す。
「それならよかったですが、じゃあなぜあなたがその歌を?」
「それは……」
「……?」
「私はこの子の歌をなぜか知っていたのです。聞いたことなんて無いはずなのに。どうしてか懐かしく思えてくるんです」
「知って……いた……」
「この子とは会ったこともありません。でもなぜか放っておけない。本能から……私が傍にいなきゃ、という気持ちになるんです」
フーベットに撫でられている少女は安らかな顔をしていた。
「そこまで言うなら……」
彼女が思いのほか少女を擁護するので引き下がることにした。
少女は眠り続け、フーベットは我が子のように見守っている。
私も病み上がりだからか、その場でただただ二人の様子を眺めていた。
すると部屋の外から急くような足音が近づいてきた。
後ろからがらりと音を鳴らして、慌てた様子のイロンデルが入ってきた。
「もぉっ、ファルコンったら!大人しくしなさいって言ったのに!……ってフーベットさんまで!?二人とも寝てなきゃダメでしょ!?」
「……ごめん、なさい」
二人一緒に同時に頭を下げる。
少女は相変わらず見た目相応の柔らかな寝息を立てたままだった。
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