第22話 災害の少女
La,lalala.
らーららー。
らら、ららら。
Lalala———。
天気が悪くなってきた。
さっきまで快晴だったはずが、いつのまにか空の色が灰色がかっていた。
……つい最近見たばかりの天候だ。
「あっ……」
フーベットの手を掴み、軽く走る形で草原を進んでいく。
「少し急ぎましょう」
「どうして?」
「傘で防ぎきれないほどの雨が降るかもしれません」
頭の中は先日遭遇した災害のことでいっぱいだった。
なるべく逢いたくはない。
ここに至る前に、はやく目的地へ———。
「……あ」
肌にぽつりと冷たい迸り。
だんだんと肌に当たる点が増えていく。
降り始めてきた。
「はあ……はあ……どこか、雨宿りできる場所を探しませんか?」
「いや、どこかに留まるのはまずい」
「ふう……どうして?」
「それは……」
どうしよう。
フーベットにあの少女のことを伝えるべきか。
いや、今本当に歌う災害がくると決まったわけじゃない。
ただの通り過ぎていくだけの雨雲に出くわした。
それだけかもしれない。
あまり口を出してフーベットを怖がらせたくはなかった。
「この辺は雨が降ると足元が泥で掬われてしまうんです。雨が止むのを待っていたらきっと汚れてしまう」
「……そうなのですね」
とりあえずは納得してくれたらしかった。
とにかく今は進もう。
先へ、先へ。
なるべく早く———。
「きゃっ……」
掴んでいたフーベットの手がいきなり離されて後ろを振り返る。
フーベットが足を挫いて転んでしまっていた。
既に柔らかくなっていた土が彼女の衣装に引っ付いてしまう。
「大丈夫!?」
つい素に戻って彼女の手を取る。
「ふう……はあ……」
見ると彼女は息を上げていた。
「———」
やっぱり、どこかで雨宿りするべきだったか。
つい自分の中の予感だけを疑って勝手な行動を取ってしまった。
フーベットにどれくらいの体力があるかを完全に考慮していなかった。
「どこかで休みましょう」
ゆっくり彼女を立ち上がらせ、傘を当て直す。[
「服も汚してしまって……ごめんなさい。最初から雨宿りするべきでしたね」
「……」
無言のフーベット。
……怒らせてしまったかもしれない。
彼女の目線を見ることができず、逃げるように前だけを見た。
しかし彼女は、立ち上がるだけで歩こうとはしなかった。
「フーベットさん……?」
フーベットはぼおっとしている。
目線は上に向かれている。
その目線の先を見てみたが、特に何もなかった。
「どうかしました……?」
彼女は目線をずらすことなくずっと何かを見ているようだった。
いや、見ている、というよりは。
何かを聞くために微動だにしていないような。
「……歌」
「……!」
「聞こえませんか?綺麗な歌声が」
フーベットの返答で身の毛がざわついた。
来てしまった。
「……知っています、この歌は。でも、なんだったかしら……」
私にはその歌が聞こえてこない。
以前と同じだ。
護衛している人にだけ歌が聞こえ、その歌声を間近で聞こうと先走って消えてしまう。
まるで食虫植物のような……。
「聞いちゃダメだ」
フーベットの耳を手で防いだ。
彼女は驚いた顔で私を見る。
一方で私は周囲を見渡す。
しかし何かの気配を感じることはできなかった。
耳栓の代わりになりそうなものは生憎持ち合わせていなかった。
そこで自分の服を少しだけ破いて丸める。
それをフーベットの耳の中に押し入れ、再び手を掴んで走り出す。
延々と走り続けるが、後ろのフーベットは耳を澄まして何かを聞いている様子だった。
耳栓をしているにもかかわらず歌声は聞こえてくるらしい。
聞こえない歌声を振り切るにはただ走り続けるしかなかった。
———だが。
「———♪」
軽快にステップを踏む足音と共に可憐な歌声が聞こえてきた。
ずっと逃げていたはずなのに。
その少女は、なぜか前に立っていた。
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