第18話 死体

翌日。

外の方が妙に騒がしく、目が覚めた。

ちょっとした出かける用事があったので眠気醒ましとしてはちょうど良かった。

しかしどうも様子がおかしい。

1軒の家の周りに人だかりができていて、みんな困惑している様子だった。

気になって近づいてみるとその異様さが尚更目立った。


「……?」


人々は何かを囲うように見ている。


「なにかあったのですか」


近くの人に聞いてみる。


「ん……?ああファルコンさん。実はね」

聞いた人は神妙な面持ちで、ささやくように伝えた。


「〇〇さん、死んじゃったらしいよ」

「え……」


人々の中に押し入り、それを確認しようとする。

かなり人も集まっているらしく、進むのになかなか苦労したがようやく見えてきた。


「……」


横たわっている村人らしき体と、その場で脈を測っているらしいイロンデルが見えた。

イロンデルはいつにも増して真剣な表情でその村人の手首に指を押し当てている。

その村人の体はだらんとしていて、生きている感じのしない、ただの柔らかな肉体になっているようだった。


「……ダメだ」


イロンデルは目を閉じて首を横に振る。

すると人々もそれに応じて「ああ……」とか様々な溜息を吐き出す。

全員が驚愕してその場に立ち尽くす。


「何年以来?誰か死んじゃったの」

「さあ……でも前の人もつい最近じゃない?」

「私もここに住んで結構長いけど、そこの人を含めて二人目ね……死者が出たのは」


村の人々はそれぞれ隣の人と話し出す。


「どういうこと……?」


目の前にある息吹のない肉体の存在を信じられないイロンデル。

肉体の手首に触れたままの指はわずかに震えていた。

イロンデルは遺体を医院まで持っていくために何人かの協力を得てから担架に乗せ、そのまま向こうへ行ってしまった。

そして見物客たちは思い思いにその場を去っていく。

確かに形として残っていた人の死を目の当たりにして、私はその場に立ち尽くしていた。

ふわふわのような命の残滓とは違う、明確に残された形としての死。

あれが、死なのか。

ぼーっとしていると不意に視角の端に最近会った人が見えた。


「あれは……」


彼女に気づくとすぐ近くまで走っていった。


「フーベット!……さん」


一瞬呼び方に迷っておかしな声のかけ方になってしまった。

フーベットさんは声に気づいて私の方を見る。


「あら、ファルコンさん」


にこりと微笑むフーベット。


「昨日ぶりですね。何か御用ですか?」


ここでしまったと思った。

ただ見かけたから声をかけただけで、これといって用があるわけではなかったのだ。


「……こんなお昼に何をしているんですか?」


昨夜イロンデルが話していた、フーベットは夜にしか医院に来ないという話を思い出してそんなことを聞いてみた。

自分で言ってみて、なんか失礼な言い回しをしたのではないかとわずかに思った。


「お昼ですから、散歩をしてみようかと」


なんの変哲もないごく普通の回答が返ってきた。


「散歩……ですか。いいですね」


とりあえず私の方からも何の変哲もない返答をした。


「散歩というのはついでなのですが。本当はイロンデルさんの元に診察を受けに行く予定があったんです」

「ああ、そうなんですね」

「ですが見た通り忙しそうでしたから……。実際はどうしようかと途方に暮れていたところです」


冗談のようなことを言ったのかなと気になった。

ふと空を見上げてみるとかっかとした日照が見えた。

それが彼女の髪に直に当たって反射している。


「暇なのでしたら、少しお話ししませんか」


日陰に置いてある木製ベンチに指を差す。

そこであ、と思った。

どうして彼女を誘ったのだろう。

フーベットの方を見てみると、彼女はやんわりとした微笑をたたえ、こくりと頷いていたのだった。




「……ふぅ」


フーベットが一息つきながらベンチに座った。

私も続いて隣に座る。

比較的涼し気で休憩するぶんには訳ない場所だと思った。

数秒寛いでいてからフーベットの横顔をちらと見る。

幼げな顔立ちをしているが、同時に清楚という言葉を人型にしたかのような気品があるように見えた。

しかし目を見ると虚ろな印象を覚える。

どことも見ておらず、ただあるままに瞼が開けられているだけ、というような印象だった。

……さっきの村人の遺体を見たショックだろうか。


「よくないものを、見てしまいましたね」


フーベットはすっとこちらを向く。


「何をですか?」


昨日と同じく不思議そうに首を傾げてきた。


「それは……さっきの」


あまり直接的に言うのも憚られるので言い淀んだ。

しかし。


「ああ、あの亡くなっていた人、ですか?」


フーベットは特に包み隠すことなくさっき見たものを口にした。


「そうですが……」


さっきの虚ろな目をしていた様子とは打って変わってお淑やかな少女に戻ったようだった。


「ふふ、お気遣いありがとうございます。でもあまり気にしていないんですよ」


穏やかな顔でそのようなことを話す。

花園で人が死ぬなんて、それなりに珍しいことでちょっとした騒ぎになるのに。

案外肝が据わっている……のだろうか。


「強い心を持っているんですね」

「いえ。私の心が強いなんてことはありません」

フーベットは静かに首を振る。


「だって今日もまた、誰かが亡くなった。当たり前のことが起きた。それだけの話ですから」


澄ました顔でそんなことを言うのだから、私は返答に困った。

その後少し休憩して、フーベットは「夜に行き直します」と言って別れたのだった。


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