第17話 名前を覚えられない

「———これは驚いた。まさかファルコンが……」


その日の夜。

いつも通り我が家に集まったイロンデルとコルボー。

2人に今日出会ったフーベットのことを話すとイロンデルにはそれなりに驚かれた。


「まさかファルコンが、依頼してきた人の名前を覚えてくるなんて」


……そんなに驚くことだろうか。


「……どういう心境の変化なのかな」

「心境……っていうのもよくわかんないけど」

「私は嬉しいよ……ファルコンが私たち以外の名前を覚えて帰ってくるなんて」

「いや……別に家からは出てないけど」


涙ぐむ振りをするイロンデル。

一方のコルボーは相変わらず何を考えているかわからなかった。


「でもファルコンのこの人誰だろなゲームから解放されると思うと安心だよ」


この人誰だろなゲーム……

と、いうのは。



どういうわけか、私は人の名前をまるっきり覚えることができない。

イロンデルやコルボー……みたいな、何度もあってる人の名前は勝手に覚えていくんだけど。

それ以外の……依頼主の名前はまるで覚えられない。

聞いたとしても自然と頭から消えて行ってしまう。

依頼の詳細の方が重要なのでそこに意識がいってしまって、肝心の名前は忘れてしまう……みたいな感じだ。

よくあることだとイロンデルは言っていた。

そのためにあまり気にしないようにしていたけれど、中には詳細さえも教えてくれないまま依頼だけして帰ってしまう人もいる。

そういう場合に限って、この村で一番村の人々と関わっているイロンデルに依頼主の情報を聞いて詳細を類推したりするのだけど。


「ん……髪が短い?」

「うん」

「どのくらい?」

自分の髪と比較するように手で示してみる。

「……ピックさん?」

「その人が言うには、ガラクタを売りに行くって」

「じゃあピックさんじゃないなあ。あの人は商人じゃないし」

「あと西の方にずっと会ってない仲良しがいるって言ってた」

「それじゃあピックさんだ!そこに仲の良い知り合いがいるって言ってたのはピックさんくらいだよ」

「あ……髪の色も珍しかった。虹色だったよ」

「それじゃあピックさんじゃないなあ……」


こうして小一時間イロンデルが悩んでやっと依頼主の名前と目的が明らかになる。

名前を覚えられない私に非があるのは明らかだし、惰性でもあると思うんだけど。




「それで、フーベットさんね。うん、知ってるよ」

「どんな人?」

「育ちのいいお嬢様ですよ。こっちの目がつぶれてしまうのかと思うくらい綺麗」

「最近やってきた雛ちゃんでしょう。誰が拾ってあげたのかはわからないけれど」

「そうだね。大体1年くらい前かな?半年前までは誰かと暮らしてたらしいけど、最近は一人暮らししてるはずだよ」

「礼儀正しいのは元々?」

「そうねー。初めて会ったときからあんな感じだねー」


うんうん、と相槌をつきながら紅茶をいただくイロンデル。


「ファルコンみたいに、ここにきてからお師匠さんに礼儀作法を教わったってよりかは、最初からもうわきまえてますって感じだったね」

「そうなんだ……それにしてもすごく綺麗だったな」

「ファルちゃんが惚れ惚れするほどの人なら、少しくらいは私の耳に入ってきてもおかしくないのに。全くその子の話を聞かないね」

「普段から外に出てこない子だったからね。というか人との関わり合いに苦手意識でもあるのかな?あんなにちゃんとしてるのに。うちに検診にくるときも基本他の患者さんが一人もいない、夜のときくらいかな」


なるほど、と思った。


「だからこそ不思議なんだよね。そんな彼女が真昼間にファルコンに会いに行って、しかも依頼は観光……なんの心境の変化だろうかね。今度聞いてみよ」


とりあえず、フーベットが箱入り娘って感じなのがわかった。

夜しか外に出ないって話から体力面に心配があった。

なるべくエスコートしようと思った。


「ああ、そうそう。ファーコちゃん」

「いや名前……なに?」

「前に会った歌う災害ね、今日も見たって人がいたよ」


なんでもない話をするように重要な情報を出してきた。


「一人二人じゃなくて、何人もね。ファルちゃんも要警戒しときなね」

「……わかった」


頭の片隅に、いや、最重要なものとして記憶しておく。

今度その少女に会った時は、しっかり立ち向かわなければいけないと心に決めた。


その後は適当な世間話をして、解散したのだった。

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